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2006年12月24日 (日)

ハルピンでのお見合い

この原稿を今飛行機の中から書いています。

年末に休暇帰国のため、哈尓濱から大阪への飛行機に乗っています。
哈尓濱に関わらず中国は農暦での習慣が多いため、年末の雰囲気は全くありません。
この機内もガラガラで、30名ばかししか乗っていません。Photo_30

そんな中で、日本の方Fさん(男性)と知り合いました。
50代後半ぐらいの方でしょうか。
中国語が出来ないようで、また海外旅行に慣れていないようで、税関のところで戸惑っていたので通訳代わりにお助けしました。

機内でお話をお聞きしたところ、哈尓濱でお見合いのために来たということです。
以前にも同じような日本の方にお会いしたことがありますが、今回少し違うのは個人で来ているということでした。
日本から中国のお嫁さんを探すにはやはり一般的には、結婚斡旋所を通じて高いお金を払ってお見合い・結婚へと進めるようです。
哈尓濱のことや諸事情が分からないので当然と言えば当然でしょうか。

そんなわけで、その方も結婚紹介所のようなもので来ているのかと思っていましたが、違うようです。
知り合いの紹介で哈尓濱でお見合いをやってくれると聞き、単身で哈尓濱に来て、哈尓濱の知り合いに連れられお見合いをしたそうです。
哈尓濱の仲介の方は日本語の出来る中国人で、その人が集めた結婚志望者数名とホテルで会い、その中の気に入った女性と単独でお話をするというものだそうです。
Fさんは、その中でも若くて気遣いが出来ていた女性が気に入り、来月には式をあげるつもりだとのことでした。
そのガイドの中国人には日本円で5万円を支払ったようです。
最初、その中国人のかたのことをガイドと呼んでいたので、単なる通訳で、紹介者は別にいるのかと勘違いしていたので、中3日ほどの滞在で5万円は高いですねとお答えしました。
しかしよく聞くとその中国の方が紹介者のようです。
それなら、5万円なら非常に良心的(?)なのではないでしょうか。

よく聞く紹介所では、紹介から結婚で150万~200万、相手方への結納金やら結婚にかかる費用負担、嫁さんの渡航費など、もろもろで300万~500万と、日本で結婚式を挙げるのとさして変わらない費用が必要です。

この個人での斡旋はそれと比べるとべらぼうに安い気がします。
もちろん個人紹介なので色んな面での保障やフォローはないかもしれません。
また、中国国内法では国際結婚の仲介は禁止されているため、もしかしたら違法なのかもしれません。それなので、知らぬが仏とは言え、けっこう危ない橋を渡らされているのかもしれません。

中国のことをあまり知らないようで、お話していても少し心配な点もありましたが、話の中でふと感じることがありました。
私が中国で経験したり感じたりしたことはあくまで私個人としてのもので、決して普遍的なものではありません。別の方は別の方でもっと違った経験・感想があるはずです。
だからFさんがあまりにも嬉しそうで、無防備だったのですが、苦言や忠言は言えませんでした。
新しい奥さんのビザ取得が苦労するかもしれませんとか、中国での中国式結婚式の心得などをお話したぐらいです。
私の中国観を押し付けるのはよくないのではないかと考えたのです。
まっさらな状態から新しい奥さんを迎え、色々苦労もあるかもしれませんが、偏見なしでスタートしてもらいたいなと思ってしまったのです。

来月(来年か)にはもう1度来中して結婚式を挙げるそうです。
今回1度帰国して準備を整えてまた来るつもりなのです。

年末のガラガラの飛行機の中で、幸せそうに語るFさんと話し込んでしまいました。
また、ハルピンでお会いできることがあるかもしれませんね。

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2006年12月20日 (水)

年の瀬、事故の顛末!

2006年も気がつけば残りわずかになってきました。
ネット上でも「今年の出来事」なんかの記事を見ると、ああもう年末なんだと実感させられたりします。

皆さんの今年1年は如何だったのでしょうか?
中華社会にいると、年末と言う感覚が薄くなってきます。
百貨店業にいたので、12月は年末商戦だとか歳暮ギフトの掻きいれ時だとか、クリスマスの準備などとかで、いやでも年末の雰囲気を味あわされました。

そんな年末の最中なのですが、事故ってしまいました。その日、ハルピンの日本人仲間から、知り合いのOさんがバーを開店する事になったのでみんなでお祝いしに行きませんかとお誘いがあった。
『引擎吧』と書いて『Engine bar』と言います。Enginebar
ハルピン在住の日本人仲間が集まって、開店のお祝いをしました。
私とM山老師、ハンゾー夫妻と出かけ、開店イベントを楽しんできました。

Engine barを後にして、私の車で帰途に着き、ハンゾー夫妻を送りM山老師の送り、そのホテルの出口を左折しようとした時です。
ご存知のように中国は右側走行なので、右から来る車に注意し、交差点の真ん中を過ぎたあたりで右を見ました。
その交差点は信号のない交差点です。
その時に前方からの車もあったのでやり過ごそうとその車を待ちました。
その時です、右から猛スピードで突っ込んでくる車が見えました。
私の車の手前5メートルぐらいで急ブレーキをかけて右に切れながら私の車の右前方にバコンと衝突しました。
かなりのスピードだったので、ぶつかりながら今度は左にスピンして今度は私の車の左前方バンパーに衝突しました。

わたしは運転席で他人事のようにその始終を眺めていました。
あたり具合がよかったのかほとんど衝撃も感じませんでしたが、見るところ相手の車の運転席ドアはけっこうへこんでいました。Photo_29

車を降りると相手の方もものすごい勢いで降りてきました。
運転手は中年の女性で、助手席には男性でした。
二人とも中国語でガンガンまくし立てます。
『お前が悪い、責任は100%お前にあるだろ!対不対!』
外人である私は分が悪いので、会社の担当者の応援を電話しました。
M山老師にも電話するとすぐに駆けつけてくれました。

中国語は分かるのですが、中国語でケンカは難しすぎると判断し、ほとんど中国語が出来ない振りをしていまいた。
応援が駆けつけ、公安に電話をし現場検証が始まりました。
公安も日本の警察と同じでメジャーで色んな所を測ったりとけっこう真面目に仕事してましたよ。

夜の10時前だったので外は零下20度近くです。私もM山老師も応援隊も震えながら見ていました。
検証が終わると公安にまで一緒に来いとのこと。
中国で初めてになる公安での事情聴取を受ける事になりました。

近くの公安署(交通大隊)に向かい約2時間ばかり、相手の方も含め喧々諤々の応酬をやってきました。
私は中国語が出来ない振りを続けていたのですが、絶対譲らない中国人同志が話し合うのですからまとまるわけがありません。
公安の人も最後のほうは相手のわめき続けるおばさんに苛立ち、かなり怒っていた感じです。
大体の流れは相手のおばさんがスピードを出しすぎていた(スリップ痕が5.8メートル=公安調べ)ためと、公安の心象が悪いのか我々側にはいい雰囲気で進んだ感じです。
ただ、公安の結論はお互いの事故責任は50:50と言う事になりました。
と言うことで、お互いの保険で処理してくださいというお達しです。

おばさんとの示談書に保険処理の事が記載されたのですが、最後におばさんがその1文に保険金で修理費がオーバーした分は相手払いと書いたものだから、またまた紛糾しだしました。
そんなことやで日本なら1時間ぐらいで済みそうな内容だったのですが、2時間あまりを公安の取調室で過ごしてしまいました。

私の車はバンパーの交換ぐらいで済みそうですが、相手の車はドアがかなりへこんでいるためおそらくドア交換になるでしょう。
おばさんは『廃車だ~!新車は全部お前が保障しろ!この車で通勤しているのでその間の代車もお前が用意しろ!』などと恐ろしく高い要求でしたが、結局はお互いがお互いの保険で処理する事に。これも最後は公安が『公安の決定に不服の時は法院に行って下さい。そうなるとあなたが困りますよ』ときつい言葉で黙らせていました。

こんな形で年の瀬を迎えるようになりましたが、大過なかったことでよしとするか。
中国公安での体験も、別の形で経験するのはいやですが、これならまだマシかと自分で慰めています。
厳寒の夜に駆けつけてくれたM山老師にも感謝いたします。
初めての事故で、初めての公安経験でしたが、以外にも緊張してなかったのが不思議です。
みんなも事故には気をつけましょう、と言っても中国では限界がありますが・・・・・。

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2006年12月19日 (火)

北海道出張だ~

ハルピンも随分寒くなってきた。
そんな中で、寒いハルピンから寒い北海道へ出張へ行ってきた。

ハルピンから新潟空港へ、そこで乗り換えて新千歳空港へ、朝8時に家を出て札幌に着いたのは夕方の5時半ぐらいでした。
新千歳空港には道庁のKさんが迎えに来てくれていました。
長旅の疲れを取りましょうと、札幌の近くの『ていねの湯』という所に連れて行ってもらいました。そこでは食事やレクレーション施設が充実して、とても賑わっていました。Photo_24
雪の札幌で温泉につかり、露天風呂でリフレッシュ。なんと極楽の時間でしょう。

翌日は北海道庁さんと札幌市の共同開催によるセミナーが開催されました。
このセミナーでは講師として、中国市場のことハルピンでの日本商品の状況などをテーマに講演しました。
今年の夏にハルピンで開催した北海道美食フェアーの結果や分析をもとに簡単な紹介などをさせていただきました。
この日の昼食では、札幌駅に出来た駅ビルの中にある『ラーメン共和国』に行きました。
札幌へ来ればやっぱりラーメンを食べたいじゃないですか。
ここには北海道の有名なラーメン屋がズラリと集められています。Photo_25
昼時でたくさんの人がいたので、すいてる店にしようかとも思いましたが、いやいや、行列の出来ている店にしようと、一番たくさん並んでいる店にしました。
『函館麺厨房 あじさい』と言う店が一番混んでいたのでそこにしました。
ここは塩ラーメンが売りらしく、お勧めの一品でした。
あつあつの塩味のスープにしこしこの細めんが絶妙でした。
ここでもおいしいラーメンを食べて極楽極楽。

3日目は、北海道の企業の方との商談会です。
あさ9時から夕方5時半ぐらいまで、びっしりと北海道企業の方とお話させていただきました。
一社30分前後の時間のなかで、北海道の食品や商品をご紹介頂き、来年のハルピンでの北海道フェアーでの有益な商談をさせていただきました。
北海道企業のスケジューリングの労をとっていただいた道庁経済部のKさんには感謝です。この場を借りて再度お礼申し上げます。Photo_26

夜は、道庁のTさん始め国際部の方々のお誘いで夜のすすきのへ繰り出しました。
『すすきの』の名前の由来は知りませんが、『すすきの』の歓楽街としての名前は関西でも知らない人はないでしょう。
北海道の冬の味覚がたっぷり詰まった鍋料理をご馳走になりました。
鍋を囲みサッポロビールを飲んで楽しいひと時で、またまた極楽極楽です。
その後2次会へと繰り出し、『すすきの』の、とある飲み屋に飛び込みで入りました。
そこのママさんはなんと中国の瀋陽出身です。Tさんも中国語が堪能だったので中国語での会話で盛り上がりました。
そこで、ママさんの知っている店で、瀋陽出身の調理人がいる中華料理屋では中国東北料理が食べられるとの話。
メニューには載っていない『麻辛湯』が食べられるのだそうです。
Tさんたちも乗りのりで、ぜひそこへ行こうということになり、みんなで食べに行く事になりました。
その店で、メニューに載っていない『麻辛湯』や『東北家常菜』などを賞味し、ここでも極楽極楽です。

気がつけば午前3時です。
明日も仕事があるのに、まったく懲りない私たちでした。

夜の(いやもう朝か?)のすすきのを後にすることにしました。
すすきのの夜は、見上げればビルの壁面に大きな風俗店の看板が堂々と出ていました。
さすが、日本でも有数の歓楽街です。Photo_27
札幌の人はなんと幸せなんでしょう。
北海道の大自然に、豊富な味覚の山あり、温泉あり、歓楽街ありと、うらやましい限りです。
ここに遠大の支店が出来れば、ぜひとも志願したいものです。

札幌で見かけためずらしいもの。
滑り止めの砂が交差点のあちこちで見られました。
融雪剤などを撒くより、このほうが環境にはいいでしょうね。
Photo_28凍結時にはきっと重宝するのでしょう。

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