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2007年5月 6日 (日)

似非日本語教師Ⅱ

似非日本語教師の話第2弾。

以前から我が社のスタッフに日本語を教えているということを以前のブログに書きましたが、この日本語教室も半年が経ちました。
この3月までハルピンで教鞭をとっておられたM山老師のアドバイスなどで、細々と続けていましたが、第1クールが一旦終了いたします。
当初20名の生徒でスタートしました。

途中一人が早々2ヶ月ぐらいで脱落。
勤務終了後に開講しているので、残業がある者や家庭で用事があるなどいろんな理由で授業に出られないといった者もいました。最後までついて来たのは6人ぐらいまで減りました。
この最後までついて来たのは、やはり優秀でした。
教師のようなことをしたのは、大学時代に家庭教師でやったぐらいです。

教師として教壇に立つというのは、ある意味快感でしたし、ちょっと勉強にもなりました。
講義をしていて教壇からは生徒の顔がよく見えるのです。
顔が見えるというのは、一つの喩えですが、生徒の授業への意欲とか関心度がよくわかるのです。
こう書くと、プロの教師の方に叱られそうですが、生徒とのキャッチボールでその手ごたえがわかるような感じでした。

話を目を向けて聞いているもの、あらぬ方向を見てほかの事を考えているもの、退屈そうなもの、いろいろでした。
この子はなかなかいいぞなんて思っていた子が、やはり残りました。
ああ、この子は上司に言われてなんとなく参加しているかな、それとも冷やかしかな、なんて思っていた子は途中リタイヤでした。

週2回の90分授業なので、半年やったからといって日本語がしゃべれるまでには至りませんでした。(教師ののせいか・・・・)
出来るのはせいぜい簡単な自己紹介、挨拶程度でしょうか。
また、必要に駆られている訳でもないのでしょうか、予習復習もやっているようには感じませんでしたが、それにしてはまあまあだったでしょうか。

とりあえずは当初の1クールが終了ですが、次第2クールをどうするかは決めていません。
生徒の熱烈な希望があればやろうかなと考えている程度です。
社内の自主参加のような教室なので、強制するものでもなんでもありません。
わたし自身も完全なボランティアのようなものなので、やるならやる気のある人、興味のある人たちに続けてやりたいなと考えています。

日本語を習うことで、少しでも日本に興味を持ってもらい、親しみを持ってもらえばいいと思っています。
授業も最近は、テキストから脱線して日本の文化や習慣などを紹介したり、テキストにはない流行言葉なんかをしゃべったりしています。
むしろそっちの方が生徒は面白がって聞いてくれたような気がします。
また、私自身日本語を教える中で、日本語を再認識し、日本語の勉強にもなり、さらに中国語の勉強にもなったかと思います。
言語ってほんと難しいですよね。
何気なく喋ってはいますが、本当に教えられるレベルになるには相当な勉強が必要だと思います。

私自身中国語を習ったのは、台湾でした。
まず台湾と大陸の大きな違いは、発音記号です。
台湾では大陸のようなアルファベットによる『ピンイン』を使わず、俗に言う『ボポモフォ』(カタカナにすると正確な発音ではありません)を使って習いました。

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この記号は注音記号といいますが、ピンインより合理的な気がします。
中国の発音記号を英語のアルファベットで表すのは若干無理があるような気がします。たとえば『Chi』の発音ですが、最後の子音『i』ですがどう聞いても『u』にしか聞こえません。カタカナで表現すると『ツ』の発音に聞こえますが『チ』と表現されています。これは私の聴力の問題なのでしょうか?(わかりません・・・)

話がずれましたが、最近元教師の方の話を聞き、教師と言うものを再認識しました。
知識を教えることは勿論、広義の教育するということも含まれ、それ以外にもたくさんやることがあるということです。
たとえば国語の先生は国語の授業だけに専念できません。生徒の生活指導から進学指導、PTAなどへの対応、学校運営への責任など多岐に渡ります。
ハルピンで日本教師をしておられる先生がしみじみとおっしゃっていました。
『教科を教えるという事だけに専念できるのは本当に幸せです。』と。

いま、日本では教育改革が叫ばれ教育基本法改正などをやっています。
よく考えれば、一人の先生にこんなにたくさんの多岐に渡る内容を押し付けた教育現場では、お互い満足な結果は生まれにくいのではないでしょうか。
民間企業のように専門部署で分業し、より効率的な業務が出来るようには出来ないのでしょうか。
財務は財務部に、営業は営業部に、サービスはサービス部に、企画は企画部に・・といったように、教育現場も、各教科は専門の先生に、それ以外の生徒の生活面や道徳教育、情操教育などは分離、学校運営そのものも現場の先生から切り離して負担を軽減してはどうなのでしょうか。
教科を教えながら生徒のメンタル部分までの守備範囲は広く、その上PTAへの対応、学校運営、課外活動や生徒指導など仕事が満載の感じですね。
真剣に教育現場の改革を考えてほしいと思います。

私のほうは単に社内で日本語を教えているぐらいです、愚痴っては罰が当たります。
日本の先生、加油!

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