2007年11月15日 (木)

勝って兜の・・・・

今日の気温は最低気温がマイナス11℃、最高気温が4度でした。

さすがに外を歩くと寒い。
風が強いので顔が痛いくらいです。

先週末で長かった催事も終わったので若干ほっとしているところです。
『購物狂歓節』(英語ではShopping Festival)と名づけたこの催事はライバル店の周年慶(創業祭)に合わせて始めたものです。
昨年は新聞紙上も賑わせたぐらいの激しさでした。
今年は昨年の反省点も踏まえた若干大人しめの催事にしました。
とは言っても、これは一種のバトルですから今年もあの手この手です。
ライバル店は、基本的な戦略は『満300儲300』と言って、300元買うと300元分のポイントを差し上げますと言うものです。
一見無茶苦茶なようですが、300元買うと300元の商品を差し上げますと言うようなものです。計算上は半額にしたようなものですね。
しかし、これではお客様はさらに余分なものまで買う必要があります。

弊社は割引額と再加重割引制の二重で対抗しました。
『6.9折再満300元減60元』、これは31%OFFの上にさらに300元購入毎に60元を値引きしますよと言うものです。
両者を比べると、ライバル店では欲しいものを300元で買うと300元のポイントが貰え、更に買い物を続けるしかないこと、確実にお客様のお金は300元消費されます。
弊社では最大の割引を受けるためには435元のものを買えば240元の支払いで済みます。割引率は約45%OFFです。
さてどっちの方がお客様に魅力があるのか?
例えば1000元の商品を買った場合、弊社では31%OFFの690元から180元が更に割引になり510元の支払いになります。懐からは510元が消えます。
ライバル店は1000元が懐から消えますが、2000元分の商品がゲット出来ます。

今回の場合催事のパワーは拮抗していましたが、ブランド力に勝る弊社のほうがやはり強かった。
また、後半には中国のお客様に好まれる、抽選会も追加。
毎日抽選で総額50万元(750万円相当)が当たるというものです。
買ったその場で抽選を行い、5元~4999元がキャッシュで当たると言うものです。
射幸心を煽られると弱いハルピン人には大当たりでした。

店内ではこの催事のPR活動として店内1階中央広場にスケートリンクを作り、フィギアスケートの模擬演技や雑技団による演技、子供たちのスケートダンス、エスキモー犬の橇引きなども行い、大盛況でした。
こんな楽しいイベントも中国ならではでしょうね。

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連日多くの人で賑わい、営業時間も深夜12時まで延長して行いました。

私も幹部の一人として弊店までの総日直として頑張らせていただきました。

勝てば官軍、売れれば嬉しいものです。
催事も無事成功裏に終わり、一安心です。

また催事後の反省点もあります。
なぜ売れたのか?悪い点はどこだったのか?など。

そんな中で思い出した言葉があります。
『勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし』という言葉だったと思います。
ロッテの野村監督がよく引用する言葉です。

売れた理由がよく分からないこともありますが、売れなかったときには結構理由が見つかりやすいのです。
必ず反省点があるものです。

売れた売れたと喜ばず、勝って兜の緒を締めなくては、奢れる平氏になってしまいます。
素直に分析反省したいものです。

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2007年9月29日 (土)

中秋節活動

9月ももう終わり、もうすぐ中国では『国慶節=十一節』が始まります。

9月は中秋節(日本の十五夜、旧盆)がありましたが、今年も月餅のいただき物があり、いささか食傷気味です。

その中国では大切な中秋節に、我が百貨店でもイベントを実施。中秋節に月見を行うのは日本も中国も同じでしょうね。
我が百貨店では、自社のVIPのお客様をお招きして、豪華お月見会を行いました。

ハルピンの北を流れる「松花江」と言う川で、客船をチャーターして簡単な食事をしてもらい、船の中でゲームや出し物を見て楽しんでもらおうという趣旨です。
我が百貨店ではVIPの常得意様に対して、日本の外商常得意様と同じように、ロイヤリティー向上戦略を考えています。
まだ、外商係り員とかの個別サービスには至ってはいませんが、行く行くは日本のような外商制度が出来ればと考えています。

夕方の6時に始まり、夕暮れの迫る松花江を遊覧しながらのゆったりしたミニ船旅です。
船からハルピン市内を振り返ると、まったく違う角度で眺められて、何かどことなく神戸を思い出します。
(まったく風景は似ていないので、単なる自己感傷・・・・かも。)

船内では、中国伝統芸能でもある、二胡や楊琴などによる演奏、中国茶の作法によるお茶の接待、大抽選会、お客様傘下のゲームなどでけっこう飽きずに過ごせる趣向になっていましす。
スケジュール進行は知らなかったのですが、スタッフのアイデアにはなかなか感心しました。
司会者も黒龍江電視台(黒龍江TV)の司会者を起用したりで、結構本格的です。

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暗くなると、打ち合わせどうりか、岸辺から花火のサプライズも用意されていました。
船べりから花火を見学し、夜空を見上げると丸々とした月がきれいでした。

神戸港の観光船コンチェルトのように豪華船とはいきませんが、雰囲気は中華風の味のある船でしたね。
ハルピンのカップルがロマンチックに過ごすにはいい雰囲気の観光船でした。

(ハルピン在住の方もしくは観光で時間に余裕のある方は、試しに観光船も乗って見られることをお勧めします。結構楽しめますよ。)

主催者側であったものの、お客様と一緒に中秋節をのんびりと楽しんだ一夜でした。
(お客さんと一緒に楽しんで、仕事もせず食べて見て楽しんでしまいました。スミマセンです。今後はもっと仕事します。)

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2007年5月 6日 (日)

似非日本語教師Ⅱ

似非日本語教師の話第2弾。

以前から我が社のスタッフに日本語を教えているということを以前のブログに書きましたが、この日本語教室も半年が経ちました。
この3月までハルピンで教鞭をとっておられたM山老師のアドバイスなどで、細々と続けていましたが、第1クールが一旦終了いたします。
当初20名の生徒でスタートしました。

途中一人が早々2ヶ月ぐらいで脱落。
勤務終了後に開講しているので、残業がある者や家庭で用事があるなどいろんな理由で授業に出られないといった者もいました。最後までついて来たのは6人ぐらいまで減りました。
この最後までついて来たのは、やはり優秀でした。
教師のようなことをしたのは、大学時代に家庭教師でやったぐらいです。

教師として教壇に立つというのは、ある意味快感でしたし、ちょっと勉強にもなりました。
講義をしていて教壇からは生徒の顔がよく見えるのです。
顔が見えるというのは、一つの喩えですが、生徒の授業への意欲とか関心度がよくわかるのです。
こう書くと、プロの教師の方に叱られそうですが、生徒とのキャッチボールでその手ごたえがわかるような感じでした。

話を目を向けて聞いているもの、あらぬ方向を見てほかの事を考えているもの、退屈そうなもの、いろいろでした。
この子はなかなかいいぞなんて思っていた子が、やはり残りました。
ああ、この子は上司に言われてなんとなく参加しているかな、それとも冷やかしかな、なんて思っていた子は途中リタイヤでした。

週2回の90分授業なので、半年やったからといって日本語がしゃべれるまでには至りませんでした。(教師ののせいか・・・・)
出来るのはせいぜい簡単な自己紹介、挨拶程度でしょうか。
また、必要に駆られている訳でもないのでしょうか、予習復習もやっているようには感じませんでしたが、それにしてはまあまあだったでしょうか。

とりあえずは当初の1クールが終了ですが、次第2クールをどうするかは決めていません。
生徒の熱烈な希望があればやろうかなと考えている程度です。
社内の自主参加のような教室なので、強制するものでもなんでもありません。
わたし自身も完全なボランティアのようなものなので、やるならやる気のある人、興味のある人たちに続けてやりたいなと考えています。

日本語を習うことで、少しでも日本に興味を持ってもらい、親しみを持ってもらえばいいと思っています。
授業も最近は、テキストから脱線して日本の文化や習慣などを紹介したり、テキストにはない流行言葉なんかをしゃべったりしています。
むしろそっちの方が生徒は面白がって聞いてくれたような気がします。
また、私自身日本語を教える中で、日本語を再認識し、日本語の勉強にもなり、さらに中国語の勉強にもなったかと思います。
言語ってほんと難しいですよね。
何気なく喋ってはいますが、本当に教えられるレベルになるには相当な勉強が必要だと思います。

私自身中国語を習ったのは、台湾でした。
まず台湾と大陸の大きな違いは、発音記号です。
台湾では大陸のようなアルファベットによる『ピンイン』を使わず、俗に言う『ボポモフォ』(カタカナにすると正確な発音ではありません)を使って習いました。

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この記号は注音記号といいますが、ピンインより合理的な気がします。
中国の発音記号を英語のアルファベットで表すのは若干無理があるような気がします。たとえば『Chi』の発音ですが、最後の子音『i』ですがどう聞いても『u』にしか聞こえません。カタカナで表現すると『ツ』の発音に聞こえますが『チ』と表現されています。これは私の聴力の問題なのでしょうか?(わかりません・・・)

話がずれましたが、最近元教師の方の話を聞き、教師と言うものを再認識しました。
知識を教えることは勿論、広義の教育するということも含まれ、それ以外にもたくさんやることがあるということです。
たとえば国語の先生は国語の授業だけに専念できません。生徒の生活指導から進学指導、PTAなどへの対応、学校運営への責任など多岐に渡ります。
ハルピンで日本教師をしておられる先生がしみじみとおっしゃっていました。
『教科を教えるという事だけに専念できるのは本当に幸せです。』と。

いま、日本では教育改革が叫ばれ教育基本法改正などをやっています。
よく考えれば、一人の先生にこんなにたくさんの多岐に渡る内容を押し付けた教育現場では、お互い満足な結果は生まれにくいのではないでしょうか。
民間企業のように専門部署で分業し、より効率的な業務が出来るようには出来ないのでしょうか。
財務は財務部に、営業は営業部に、サービスはサービス部に、企画は企画部に・・といったように、教育現場も、各教科は専門の先生に、それ以外の生徒の生活面や道徳教育、情操教育などは分離、学校運営そのものも現場の先生から切り離して負担を軽減してはどうなのでしょうか。
教科を教えながら生徒のメンタル部分までの守備範囲は広く、その上PTAへの対応、学校運営、課外活動や生徒指導など仕事が満載の感じですね。
真剣に教育現場の改革を考えてほしいと思います。

私のほうは単に社内で日本語を教えているぐらいです、愚痴っては罰が当たります。
日本の先生、加油!

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2007年2月14日 (水)

舞林大会(新年会)

中華圏が旧暦(農暦)で動いている事は人口に膾炙されていることでしょうか。

年末ともなれば日本と同じように、色々と慌しくなってくる。
今年の春節は2月28日なので、西暦から言うとかなり遅めである。
そんな中で我が百貨店の新年会のようなイベントが催されました。

『晩会』と言われていますが、毎年従業員の福利厚生の一貫として行なわれて います。
今年のテーマは『舞林大会』と言い、ダンスや踊りを主題にして行なわれました。
因みに昨年は歌を中心にしてPK(勝ち抜き)をやりました。
このイベントのために数週間前から各部署でチームが組まれ、練習を行なって きました。個人参加もあるため全部で40近くのエントリーでした。本番を前にこの中から本戦に進めるために、予選会も行なわれました。
審査員はハルピンの舞踏学校の教師やメディアの方々を招いての本格的な予選会です。

私は去年は審査員の一人として見ていればよかったのですが、今年はスタッフ から無理やりの参加を頼まれました。
私はスーパーマーケットのグループに入り、『手絹舞』という東北秧歌(東北地 方を中心に熱心に踊られている民族的な踊り)の一種をやる事になりました。Photo_34
厚手のハンカチ大の布にビーズで丸い同心円上の模様をつけた物を両手に持ち 、それを指の上でクルクル回したり、バトンのように左右で回転させたり、高度なものは片手でその布を縦回転させたりします。
予選会では見事練習の成果もあり、本戦出場権を勝ち取りました。 (実は私は忙しくて3回ぐらいしか練習に参加していません・・・・。)

この晩会はM山老師の滞在するホテルの横にあるホールを借り切って行なわれました。この晩会には約5百名近くの従業員が集まりました。
その日上海へ出張だったので晩会には遅れて参加。私達の出し物は夜10時ぐ らいに行なわれました。
各チームの熱演や幹部による抽選会、プロのダンサーによる本格的なダンスな どを全て終えたのは12時近くでした。
ダンスの最終表彰では、我がチームは残念ながら最優秀賞には届きませんでし たが、ベスト10の中には入りトロフィーをゲットしていました。

社内の催事なのですが、顔パスでM山老師にも鑑賞していただきました。
私は踊りに参加はしましたが、踊りの衣装がこっぱずかしい感じのものでした 。
スタッフはカッコイイなどと囃します。
内心ほんまかいな?と思いながら、これも経験だわとそのこっぱずかしい衣装 で踊りました。
まあ、社員や派遣の方々も喜んで見て頂き、去年よりは退屈しなかったプログ ラムだったので、とっても良かったんじゃないかと思います。Photo_35

日本にいた頃、労動組合の主催でこのような大掛かりな社員慰労会を行なった という記憶があります。
また台湾でも『尾牙』と呼ばれる大忘年会も日本人スタッフとして東京音頭を 踊ったりしたこともあります。
高度成長期の中国では、今の日本ではやれないこんなイベントが可能です。

私にとって嬉しいのは、酒を飲んで愚痴をこぼしたり、内輪で会社の悪口を言 うだけのような日本式忘年会はこりごりなので、こんな楽しい仕事の疲れが取 れる様な忘年会(新年会)が新鮮なことです。

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2006年11月17日 (金)

花の女神FLORE

『La FLORE』という名前の花屋があります。

ネタをばらせば、これは遠大のB1に開店したフラワーショップです。
この『FLORE』は、フランス語でローマ神話のフローラと言う花の女神の名前です。
中国語表記で『芙洛拉』と書きます。
http://www.ydgw.cn/second/ShowNews_1.asp?Id=122714

名前を決めるのだけでもいろいろありましたが、最終的にはこれに決まりました。当初『FLORA』と言う名前(英語)の案でしたが、これは既に中国で登記されていたためにフランス語表記にし、中国語表記も『芙羅拉』が使われていたため、『芙洛拉』になりました。

この花屋は遠大の自営ショップです。
全て自社社員で運営をしていきます。

実はこの花屋には強力な助っ人がいます。
日本の京都から来た、F小姐です。(小姐と書いたけど日本人ですよ!)
Fさんは京都の某百貨店のフラワーショップで働いていました。
ハルピンには中国語を勉強するために来ていました。
縁あってこのFLOREを手伝ってもらう事になりました。

彼女の助言や意見で開店する事が出来ました。
彼女がいなければ花屋の経験も無い我々は、ハルピンでのローカル花屋と同じようなものしかオープンできなかったかもしれません。

花束の作り方や、フラワーバスケットの作り方などは、彼女の指導で日本式です。
中国ハルピンと日本ではやり方や感覚も違うみたいです。
日本の細やかな心使いが感じられるのは、その包装の仕方だけでも相当違う事などでしょうか。
花束を作って、茎の根元に脱脂綿状のもので水分を補給させてあげる事なども、ハルピンではしていなかったようです。
また、透明のセロハンで花を傷めないように包んであげるのが日本のやり方ですが、ハルピンでは花束の花の長さより短めの長さで直接包装紙を巻きつけているのです。
F小姐曰く、それでは花が持っている間に傷むので日本では『絶対ありえな~い』そうです。何かと、聞けばなるほどと思う事がたくさんあります。

オープンにあたり、備品や什器など日本では当たり前に手に入るものが、こちらでは非常に入手が困難でした。
似たものがあっても品質の悪さで、彼女のお目にかかれば不合格です。
中国に来て日の浅い彼女にとっては、こんな事ですらストレスの元になったでしょう。

さらに、まだ困っているのは、花を保管する『キーパー』と呼ばれる花の冷蔵庫です。
11度前後で低温と湿度を管理する花専用の冷蔵庫が中国では入手困難でした。
あるよと言われて、紹介されたものは単に箱にエアコンを取りつけたようなものだったり、湿度調整機能が無かったりと、微妙に不満足なものが多かったのです。
花屋はオープンしましたが、いまだに『キーパー』は設置されていません。
キーパーが無いため、切り花の保管が常温のため日持ちがせず、ロスの原因になります。
何とか努力しているのですが、イジイジ状態です。難しく言えば、『隔靴掻痒』です。

こんな時日本がいかに便利かを知らされるのです。
日本人の職人気質のかゆい所まで手が届き、痒くないのにカキカキしてくれるようなことはここではなかなか味わえません。

余談ですが、中国語で『痒い』は、『かゆい』と『くすぐったい』の両方の意味で使います。
かゆいときには掻いて欲しいですが、くすぐったい時には掻いてもらうともっとくすぐったくて『やめてくれー、こそばいがな』となります。
まさに、いまのハルピンでの花屋オープン準備の時の状態です。
(なんのこっちゃ分からんと、思うでしょうが、隔靴掻痒の気持ちなのです)

話が横道にそれてしまいました。

F小姐が花屋のローカルスタッフと作ったフラワーバスケットの写真を公開します。
F小姐『やめてくれー、こんなん載せたらはずかいいやんか。もっと納得いくもんを作ってからにして~』
と言っていましたが、納得がいくものを作れる状態を待ってたら日が暮れる(いや、年が明ける)ので、載せてしまいます。
F小姐すみませんです。 Idscqykyglcs9a1_1

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2006年11月13日 (月)

百貨店戦争

大型催事がやっと終わりました。

中国や台湾などでは、『周年慶』と呼ばれる創業祭のようなものが1年で最大のイベントになります。
ハルピンでも当社のライバル店などが開店記念日の前後に10日間前後の売出しを行なったりしています。

主な企画内容は、『満300贈60』『満300減60』などの表現で割引やお買い挙げに対し商品券(最近はポイント制も多い)をあげたりする内容である。
例年、ライバル店が周年慶をやっているときはあまり大掛かりな活動は行なわず、自店の周年慶に人・物・金の全てを最大投入していくのがセオリーでした。
しかし、今年は違います。
ライバル店が周年慶をやっているにの合わせて、それ以上の力を投入して戦闘を開始しました。

ランチェスター理論のように、ライバル店が強いと思われている所に1番店の弊社は倍以上の資金投下を行い迎撃していく作戦です。
短期決戦ではありますが、一種の消耗戦の趣もあります。
体力があり規模も大きい所が勝つのは道理です。
戦艦が駆逐艦を全力で叩くのに似ています。

わが店のスタッフ達も戦闘開始から終了日まで連日休みなしで、朝から夜まで頑張りました。3週間ほど休みなしです。
営業時間も普段は9時から21時までですが、1時間延長です。しかも後半の4日間は夜12時近くまで営業しました。

終盤戦に強力兵器を投入しました。『満300減120』です。この最終兵器は効きました。その日の入場顧客数は概算で12万人、売上げ件数は8万件を上回りました。
売場は戦場さながらの大混雑です。
売場の通路も人の頭しか見えないような状態がありました。Photo_20
各階のレジには長蛇の列が出来ました。1時間以上並ばなくてはいけませんでした。
お客様にはご迷惑をお掛けしました。
http://www.ydgw.cn/second/ShowNews_1.asp?Id=122687

新聞各社もこの両店舗の戦闘を書き立てていました。

戦闘が昨日に終わりましたが、さすがに疲れました。
結果は予想以上の売上げです。売れすぎの感ありともいえるかな。
ライバル店は客足が落ち、売上げも予測からは下回ったようです。
そりゃそうだわな、1番点にターゲットにされればひとたまりも無いかも。

百貨店の売上げ争奪戦は、仁義無き戦いでもありますが、そこにはルールがあるべきです。
お客様に対しては決して裏切らないような姿勢を持つべきです。
また、仕入先さまとの信頼関係も大切です。
あと、重要なのは従業員です。
従業員に支持されない会社は失格です。

今回の催事では色々反省点もありました。
長い百貨店生活ですが、予測を超えた出来事もあります。
後半に割引額をアップさせた事で、日本では考えられないほどの返品交換の人が押し寄せ、パンクしそうになりました。
また、保安の目を掻い潜っての万引きやスリなども平常の数倍ありました。
発見されただけでもビックリの数字ですが、おそらくそれは氷山の一角・・・。
買い上げ額で先着順に、ある遊戯館のチケットをあげる企画をしたら、そのチケットほしさに買物しては返品を繰り返して、チケットを何枚もゲットする人も出現。
あるご主人からは、『奥さんがあまりの優待価格に興奮して連日来店し買物を繰り返したので、破産してしまう!』と、クレームになったりもしました。
あまりの忙しさに、数人の従業員が心臓発作で病院行きになったり、入場者が多すぎて館内温度が30度近くになり、高齢者が売場で嘔吐していますなどといったこともありました。

売れるのは嬉しいのですが、トホホなこともあり、心身ともに疲れた12日間でした。ともあれ、大過なく終了できた事で良しとしましょうか・・・。

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2006年10月 7日 (土)

スーパー改装オープン

新規改装オープンのお知らせをしたいと思います。

我が百貨店のB1にはスーパーマーケットがあります。
3年前に5階にあったスーパーをB1に移設しました。
そのスーパーを今年さらにパワーアップさせるため、全面大改装を行ないました。
7月末から改装をスタートさせ、8月中旬からはB1を全面クローズして改装してきました。

日本の「デパ地下」と言うのは、世界的にも評価され有名です。
国内外の名産品や名店を集め、和菓子・洋菓子などの老舗や旬のお店などがひしめき、またデリカと言われるお惣菜の取り扱いも増えてきました。
専門店にも負けないような洋酒・日本酒・ワインセラーなどの売場も充実しています。
顧客の利便性や高度な要求にも答えられる様な生鮮スーパー、食材売場もとっても力を入れています。
百貨店不況が騒がれ百貨店に行かないような人も、百貨店を贔屓にしてくれているお客様も、「デパ地下」だけには必ず行きたくなるような作りの店が多くなってきています。

我が「デパ地下」もそんな日本のデパ地下に少しでも近づけたいと努力し、研究し、検討を重ねて来ました。
私の考えるキーワードは、「デイリー」「差別化」「付加価値」それに「新鮮」です。
これらのキーワードは決して新しい概念ではありません。むしろ当然過ぎる考え方です。そんな考え方を敢えてキーワードにしました。

10月1日からの国慶節にオープンするように改装を進めてきましたが、4日遅れてオープンさせる事ができました。ただし完全オープンではありません。
グランドオープンは少し先になりそうです。
残念ですが、この改装の目玉となるデリカコーナー、輸入食品コーナー、フラワーショップ、鮮魚などが目標とする日に空けられませんでした。
長い期間改装クローズし、お客様にご迷惑をお掛けしたので、その期待に100%答えたかったのですが、これ以上オープン日を伸ばすわけにもいかずソフトオープンとしました。

この大改装は香港在住のSさん(日本人)の設計で、ハード面では中国国内でもトップクラスの素晴らしいスーパーになったと自負できます。
ソフト面でも新しい試みをたくさん入れ、お客様に高度なサービスが提供できるよう考えました。
国内スーパーの中でも最先端であるセントラルキッチン方式で、自前でデリカを提供できるようにしました。
まだまだやりたい事や、改善していく事はたくさんあります。
日々進化していくよう、謙虚にお客様と向き合えるようなスーパー作りをしていきたいと思います。
ソフトオープンではありますが、オープンしたスーパーを回りながらそう思っていました。Photo_17

オープン日の初日の売上げも予想を上回り、たくさんのお客様で賑わいました。お越しいただいたお客様に感謝です。
スーパーの部下が、オープンの日に「成功ですね、いいスーパーになりました。」と話しかけてきました。
「いいスーパーかどうかの判断は我々がするんじゃなく、お客様が判断するものですよ。」と、彼に話しました。
この気持ちを彼が本当に理解してくれる事を願います。

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2006年10月 2日 (月)

大S来店

Photo_13 台湾の超人気グループで、『F4』と言うグループがあるのをご存知の方は多いと思います。
日本の少女漫画「花より男子」のドラマ化「流星花園」撮影にあたり、言承旭・周渝民・呉建豪・朱孝天の四人が集まり、このドラマがヒットし、アジアのスターダムにのし上がったのである。

今回の話題はそのF4ではなく、その人気ドラマに出ていた『大S』(本名:徐熙媛、英文名:Barbie)の事です。
彼女は、F4の「流星花園」に杉菜役として出演していた女優です。彼女には妹がいて、妹は『小S』と呼ばれています。なぜ『大S』とか『小S』と呼ばれているのかは分かりません。この姉妹は台湾や中国でも有名な美人姉妹です。

その『大S』が、ハルピンの遠大百貨店にやってきました。
スイスの高級時計Tのイメージガールとして採用されている彼女が、そのプロモーションの一貫としてやってきたのです。

1階の中央イベント広場には、大Sを一目見ようと沢山の人出です。
台湾時代に百貨店のイベントにF4を起用し、館内で歌を歌ってもらいましたが、そのときも大勢の女の子達がきました。

こんな時、百貨店は人集めのためにこんなイベントを組むのですが、お客様の安全も非常に大切です。
百貨店の保安員とお客さまの間では虚虚実実の駆け引きがあります。
少しでも大Sを近くで見ようとするお客様と、安全のために設けられた線から入られまいとする保安員との駆け引きです。

主催者側の私としては、保安の顧客扱いが非常に気になります。
お客様なので失礼があっては百貨店の名に関わります。
かといって、気を許すとなだれ込んできそうです。
中に入ろうとするお客様を大声で注意している保安員を、たしなめる事もありました。

大Sのイベントは30分ぐらいのものでしたが、トークショウも無事終える事ができました。
実は私も主催者側の一人として、このトークショウに出ました。
別に喋ったり何かすることは無いのですが、舞台に上がり彼女の巨大パネル写真を披露するという役割です。
役得なことに、大Sと握手して一緒に写真まで取りました。Photo_12

こんな自慢話のようなことをブログに書くんじゃねえよ!(怒)と、いう声も聞こえてきますが、敢えて無視させていただきます。
その上、一緒に撮った写真まで公開させていただこうかと思います。

百貨店に勤めていると、たまにこう言う役得もあります。
でも、その裏にはいろいろ苦労もあるんですよ皆さん。

あと、内緒ですが職権乱用して顧客立ち入り禁止区域にS山老師やハンゾー氏も招きいれてしまいました。
写真を撮ってもらうためですが、ここに謹んで懺悔いたします。

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2006年9月23日 (土)

似非日本語教師

ハルピンに日本語の教師をしておられる友人が何人かいます。

私のブログにリンクしているM山老師はその一人です。M山老師は公務員としての身分でこられています。
また他にも民間の日本語教師の方もいらっしゃいます。
いずれも、中国でプロの日本語教師として働いています。

『日本語がネイティブだからと言って、日本語が教えられるわけではない。』
今日のテーマはこの一言です。

実はこの9月から、私の会社の社内で日本語教室を始める事になりました。
動機は部下や総経理ににおだてられて木に登ったのと、自分でもやってみたかったこと、さらには日本語での環境を作ってみたかったことなど色々です。
この案は春先からあり、日本語を教えるにあたりどんな教材がいいのかとか、M山老師やみわパンダ先生に色々教えていただいたりしていました。
忙しさにかまけて開講が今頃になってしまいました。

生徒は全て社内の希望者です。人数を20人に絞り、有志だけで始めました。取りあえずはやる気があるだろうという20名です。
バックアップしてくれる人事の勧めもあり、色んな部署の人間です。
レベルは、『あいうえお』から教え始めないといけないレベルです。

個人的に、日本語を教えるのは初めてですが、初歩のクラスなら何とかなるだろうと高をくくっていました。
日本語は発音は簡単だが文法は難しい、中国語は発音は難しいが文法は簡単と言えると考えていました。
教えだしてから分かりましたが、日本語は確かに50音と言って、子音・母音の組み合わせでそんなにたくさんありそうに無いのですが、けっこうあることに気が付きました。気がつかされたというべきかな。
濁音、撥音、長音、促音、拗音などいっぱいあります。
我ながらこんなにあったのかとびっくりです。

あと、平仮名に片仮名、中国には当然ありますが、漢字で構成されています。
アルファベットまで入れると非常に豊かな言語構成だったんだというのが正直な感想です。

にわか似非日本語教師としてのスタートは冷や汗ものでした。Dsc05528
発音を一通り教えた後、第1課での『自己紹介』の単元。
「わたしは田中です」と言う文章。
いきなり、「わたしは」の『は』は、【HA】の発音ではなくどうして【WA】と発音するのかと言う質問。
私は心の中で「ヤバイなんで【WA】って発音するのだろう?そんなこと考えてしゃべってきたわけじゃないぞ」と、あせりました。
教科書の中にこの発音記号のところには、どうひっくり返しても『は』の発音は『HA』としか書いていません。
(余談ですが、パソコンのキーボードで『WA』と入力しても『わ』は出てきても『は』は出てきません。)

学生時代、国語の授業を疎かにしていたわけでもないのですが、こんな基礎単元からいきなり窮地に立たされそうになりました。
何故かは分からなかったのですが、「それは、『は』は助詞として使われる時には『WA』と発音します。』と説明しました。
この説明であっているのかどうか自信が無かったので、あとでM山老師に聞くとその説明でいいんじゃないですかとの返事。
何となくホッとした次第です。

Dsc05529 しかし、不思議です、日本語。
どうして、この『は』の発音が助詞の時に『HA』の発音ではおかしく聞こえるのでしょう?自分で声に出して、『わたしHA』と発音すると奇妙です。
まるで、和田アキコの歌の発音のようです。
かつては『WA』ではなく、『HA』と発音されていたのでしょうか?

Dsc05530 似非日本語教師の悩みはおそらく今後も続くでしょう。
皆様のお知恵をお借りする事もあるかとおもいますが、よろしくお願いします

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2006年9月14日 (木)

軍訓

最近になって急に忙しくなってきた。

理由は色々あるのだが、ひとつは幹部の一人が離職したためである。
さらに、7月から地下のスーパーマーケットと2階の紳士フロアーの全面改装を行なっている事。
また、下期になり秋物商戦に加え、10月の『国慶節(十一節とも言う)』のための準備。
またまた、下期販売計画・販促企画などの遂行。
来年度の予算や経営計画なども含め、大なり小なりの仕事が山のように押し寄せてきている。

そんな中で、社員教育のひとつとして、『軍訓』を行なった。
主にはスーパーが改装により売場が無いため、その間に休暇取得させたり、社員教育を行なおうと考えたわけです。
この『軍訓』とは、字のごとく『軍隊の訓練』の事です。
軍隊に体験入隊して、その規律正しい生活で団体精神を養ったり、精神訓練を行なったり、また体を鍛えようと言う意味もあります。
訓練期間は約6日間です。男女合わせて60名ほどが参加しました。

ハルピンから車で2時間ほど走った所にその訓練所があります。
その訓練の最終日に激励と慰問を兼ねて行ってきました。
彼ら彼女らは、朝5時50分に起床し、朝訓と呼ばれるものを行い、7時から朝食、朝食後11時半まで軍隊式の行進や整列、挨拶などを行ないます。
昼食後、5時半まで同じく軍隊式の訓練を行い、晩飯後も9時半まで講義形式のゲームなどを行なっていたようです。
最終日だったので、2時間ほどその訓練を見学しましたが、軍隊式の行進では日頃の彼らの姿とは違った凛とした顔つきを見ることができました。

ここの施設は中国解放軍ではなく、『武警』と呼ばれるものの施設です。警察組織でもなく、いわゆる国内武装警備のための組織だそうです。国内の大規模な暴動などに対して武力鎮圧が必要な時のためと言うのが、説明でした。
軍隊は、国外からの侵略に対しての組織で、国内は武警という役割分担のようです。詳しくは分かりませんが、日本の機動隊のようなものでしょうか。

彼らの訓練中の宿舎の中も見せてもらいました。
日本人がこの建物の中に入ったのは初めてだそうです。
写真も撮らせていただきました。Photo_10
建物は簡素な作りで、余分なものは一切無い、質実剛健と言う言葉がぴったりでした。
スケジュール表を見て、入浴時間と言うものがないので、いつ風呂に入るのかと質問したところ、『この訓練期間中風呂には入りません』との答えでした。(ここには、シャワー施設はありません)
甘い考えの、シロート体験入隊なんかとは全く違うんだと思い知らされました。Photo_11

彼らが普段とは違う全く真剣な顔で行進したりしているのを見ていると、かつて私が新入社員の頃受けた『葛城山研修』を思い出しました。
奈良の葛城山で、朝から夜まで鬼のような訓練を受けた事があります。
私の入社したS百貨店では名物の厳しい訓練でした。当時のNHKも取材に来ていたぐらいです。
入社内定を取り消されるのも構わず、途中で山を降りる軟弱な者もありました。当時でも時代錯誤かと思われるような厳しい研修でしたが、今となれば懐かしい研修で、学生気分を叩き直すには良かったかもしれないと思います。
しかし、個人的にはその訓練中に足の親指の爪をはがして相当痛かったにも関わらず、誰にも言えず、その研修リーダーには恨みのようなトラウマを持ってしまった事が思い出されます。

そんな事を思い出しながら、彼らの研修後の姿が楽しみだぞと感じていました。親心のような感じですが、一心不乱に研修に励む姿を期待半分、不安半分で見ていた次第です。

(写真を公開してもいいのかどうか迷いますが、差しさわりの無い範囲で乗せます。国家機密に触れなければいいのですが・・・)

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2006年8月 2日 (水)

北海道物産展大成功

北海道・黒龍江省友好提携20周年記念事業の報告です。

7月26日に始まりましたが、期間中はこの催事に忙殺されてブログの更新が滞りました。
26日、朝10時からオープニングセレモニーが行なわれました。北海道からは高橋知事を始め道庁からのお客様、経済界の方々、黒龍江省からも政府関係者や共産党関係者が多数参加、弊社の総経理も交えてテープカットが行なわれました。47_1
開幕の挨拶から始まり、関係各者のテープカット・スピーチが行なわれました。また日本からの伝統芸能である三味線(津軽三味線)の白田路明さんの演奏と中国伝統楽器の二胡と楊琴のコラボレーションもありました。
白田氏は若干22歳ながら若手の星として見事な演奏です。その津軽三味線の演奏は圧倒的です。1_4

8 今回の催事のメインは、1階のパネル展示などですが、北海道の各大学や各企業の紹介、またアイヌ民族衣装の展示、日中の小学生による書画の展示もされています。個人的に目を引いたのは、中国の小学生の書いた書道です。小学生とは思われないほどの見事な書です。

2 B1のスーパーでは北海道からの直輸入である海産物や食品類の北海道物産展です。中でもタラバ蟹などが今回の目玉です。恐らくハルピンでは始めての販売ではないでしょうか。1ぱいが400元~500元ぐらいである。日本円でも6千円~8千円ぐらいはします。こんなに高いものが売れるのか心配していましたが、初日から注目を集め、売上げは好調です。6

6Fのフードコートでは、札幌ラーメン・たこ焼き・海鮮丼の実演販売です。
札幌ラーメンは北海道の菊水さんの協力による出店です。たこ焼きと海鮮丼はハルピン在住の日本人ボランティアの多大なる協力を得ての出店です。
たこ焼きは北海道のものではありませんが、日本の食べ物として作る事にしました。しかし、関西出身の人がいないため、作り方などは関西人の私が指導する事になりました。
ハルピンでは入手しにくい材料も、ハルピンの日本料理屋のYさんの協力により実現です。
日本人ボランティアも慣れない手つきでたこ焼きを焼きますが、2日もするともう立派なたこ焼きが出来るようになりました。
ラーメンもたこ焼きもハルピンの人たちには高めの値段設定ですが、心配された売上げは、これも杞憂に終わりました。
行列が出来るラーメン屋がハルピンに出現しました。 9
たこ焼きもひっきりなしに焼いても行列ができました。

全て、関係各人の多大なる応援のお陰です。
北海道道庁の国際課のYさんには色々無理を行ってご迷惑を掛けました。
ハルピンに派遣されてきているハンゾーさんは休みなしの上、睡眠を削ってまでの獅子奮迅のご協力。
上海から駆けつけてくれた道庁のS女史には北海道食品の食べ方・作り方の講師役から販売員役までの八面六臂の活躍。
ハルピン在住の日本人ボランティアの方々は、留学生や日本語教師の方など忙しい中お手伝いをしていただいております。

今回の北海道物産展は大成功と言ってもいいかと思います。
日本人の面目が立ったのではないかと自負してもいいかなと思っています。
来年も北海道物産展ができるよう、これ以上の素晴らしい内容でできるよう頑張りたいと考えております。
これは一人の力ではできません。
日本人の得意とする団結力の賜物ではないでしょうか。

改めて皆様に感謝の気持ちを伝えたいと思います。ありがとうございました。

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2006年7月23日 (日)

ドンペリで乾杯!

また自慢ネタになってしまいますが、スーパーの売上げが切番を取りました。

今年の累計売上げが1億元を突破したのです。
6月の下旬に全店が7億元を達成したと報告したのに続き、スーパーが1億元を達成したので、主要スタッフと慰労会を開催しました。

スーパー単独の売上げが6ヶ月半でこの売上げを示しましたが、大手スーパーのウォ●マートやカル●ールなどと比較すると金額では敵いません。面積なども大幅に違うので総額では大きく異なります。
しかしながら、単位面積売上げなどでは恐らく全国的にも上位でしょう。
昨年比でも二桁の伸びを記録しています。

それでもまだまだ改善すべき点、やりたいことなどが山積みです。
理想とするスーパー像には至っていません。
中国国内でもトップを目指すため、あくまで貪欲に上を目指したいと思っています。

そんな野望の中で、今年スーパーを大改装する予定です。今年の初めからどんなスーパーにするのかず~と話し合いを続けてきました。
香港で活躍するSさんに今回も設計をお願いし、中国国内でも№1のスーパーにしたいと思っています。
見た目だけ№1になっても中身が伴わなければ『画龍点睛を欠く』だけです。

『人莫躓於山、而躓於垤』(淮南子)と言う言葉があります。
「人は山に躓(つまず)くこと莫(な)くして、垤(ありつか)に躓く。」
 大きな山につまずく事はありません、つまずく時はいつも小さなことだと言う意味です。
『木を見て森を見ざるは・・』と言うように、大きな事も大事、上のことわざのように小さなことも大事。
凡人の私には難しい事ですが、頑張ります。

1億元突破を慰労して、スタッフ達と食事会をしました。
その際、先日上海出張で(個人的に)買い入れた、ドンペリを開けました
人民元で1本1,100元ぐらいです。Photo_7 (日本ではいくらぐらいでしょう?)
皆で分け合うとグラスに半分も満たされなかったのですが、一堂興味津々です。
日本で銀座のバーなんかで1本空けると10万円ぐらい取られるかもと冗談で言うと、スタッフはやや緊張気味です。

Ktv おいしいシャンペンで乾杯し、定番のカラオケなどでたのしい時間を過ごしました。
食事会に参加できない一般のスタッフには、全員にケーキを配りました。
総数にして約400個ぐらい。太っ腹です、まったく。

その日のスタッフの笑顔がやけに目立ったのは、ケーキ効果でしょうか?
う~む、毎日こんな笑顔が続けば素晴らしいのになぁ・・・
まあ、のたりのたりと頑張ります。

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2006年7月16日 (日)

黒龍江省・北海道友好都市提携20周年記念事業

黒龍江省・北海道友好都市提携20周年記念事業が、今月の26日からあります。(北海道・黒竜江省友好提携20周年記念事業実行委員会

http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20060714&j=0024&k=200607145126

北海道新聞にも掲載された(↑)ので、ブログでも報告したいと思います。
そもそもこの記念事業をやるきっかけは、北海道からハルピンに赴任してきているハンゾーさんからの話でした。
北海道のパネル展をやりたいのですが、どこか無いか、遠大の方で場所は無いか、と言ったことが始まりです。
私としては、そのような文化事業は百貨店の使命の一つだと思っていたので、どうぞ使ってくださいと答えていました。

百貨店は単に物の販売だけではなく、あらゆる意味でのサービスの提供が求められるものだと思います。
百貨店は商品だけでなく「文化」も売るのだ。
地域発展のために相互発展していく事が大切です。
よくライバル関係の事を「競争相手」と言いますが、私は相手と言い直すように皆に言ってきました。競って争うのではなく、競い合う(相互発展)がベストの形だと。

北海道パネル展を、どうせやるなら北海道物産展もやりましょう、北海道のラーメンもやりましょう、日本の伝統楽器の演奏もやりましょうと、話を大きくしていきました。
時間的な制約があった中で、出来るかどうかわからないこともあったのですが、大体出来そうな目処がたって来たので、ここで公表する事にしました。

中国側スタッフには儲けが出ないと言われたりしましたが、「文化」を売るのだと言い聞かせてきました。儲けなどは度外視、北海道は文化だ!と・・・・。

北海道庁のTさんを始め、ハルピン在住のハンゾーさん他たくさんの人の協力の下、この催事が進んできました。
開催まであと少しですが、詰めが甘いと言われないように準備を進めて行きたいと思います。

この催事の概要に少し触れますと、
開催期間は、7月26日(水)~30日(日)の5日間。
初日の26日のあさ10時にオープニングセレモニーがあります。
日本からは北海道知事を始め道庁の関係者や経済界の方々、黒龍江省からも副省長や政府関係者、外事弁の方々が参加予定です。
日本から三味線の演奏者に来てもらい、中国側からは二胡の演奏者に参加してもらい共演してもらう予定。
地下のスーパーでは北海道からの直輸入食品による北海道物産展を開催。
Photo_6 また、6階のフードコートの1つを利用して、札幌ラーメンの実演販売も行なうよう準備しています。日本人ボランティアによる、たこ焼き・海鮮どんぶりなどもやる予定です。
北海道の紹介パネル展は5日間ですが、地下のスーパー、6階のフードコートのラーメン等実演は14日間の開催予定です。

これら記念事業は、遠大だけでなく別に色んな催しがあるようです。
日本語弁論大会などもあるようです。詳しくは恐らくハンゾーさんあたりのブログで紹介があると思われます。

中国東北地方は初めての開催となるこの北海道展でしょう。
ハルピン在住の日本の方、ぜひご来場ください。
出来れば売上げにご協力を・・・。いえ、文化を買ってください・・。(小さい声で・・

記念事業の件につきまして、変更や追加情報がありましたら随時載せていきます。
お楽しみに!

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2006年7月10日 (月)

VMD培訓基礎編終了

Vmd2 VMD培訓(Visual Merchandising 教育)の基礎編が終了した。

これは、日本のアパレルウェブに依頼し2年前からシリーズで行なって来たVMD教育である。私のブログの読者ならお馴染みの深澤講師にお世話になっている。
このVMDという百貨店やアパレル業では知られている概念であるが、他業種の方では何のことか分からないかもしれないし、同業であっても単にディスプレイ関係の技術とか理論らしいとしか理解されていないかも知れない。
(詳しく知りたい方は、深澤師のブログをのぞいて見て下さい)

このVMDの理論と実践を遠大にも導入したいと考えてからもう2年が過ぎました。やればやるほど奥が深くなって来た様な気がします。
この教育の成功の1つは深澤氏の熱心な指導姿勢が大きいと感じています。
もちろんその知識や経験に裏打ちされた説得力ある講義内容も大切ですが、彼の人徳のようなものが中国のこの遠大のスタッフにも受け入れられた事が大きいと感じています。
遠大での仕事が中国での初仕事でしたが、深澤氏も今では中国を股に掛けて活躍中です。これは、彼自身が勝ち取った成果と言っても差し支えないでしょう。アパレルウェブさんの中国進出戦略と中国でのニーズがマッチしたこと、そのサポートがあったことも忘れてはいけない事ですが。

教育の内容はさて置き、いつも忙しい深澤さんにもハルピンを楽しんでもらおうと、今回はちょっと嗜好を変えて夜の街にも繰り出しました。
深澤氏が来た日の朝にちょうど北朝鮮がミサイル発射実験をしました。
彼は新潟空港からハルピンに来たのですが、新潟では物々しい雰囲気だったそうです。
それが理由ではないのですが、例の北朝鮮料の店へ行ってきました。
拉致されるんじゃないかとか、テポドンを打ち込まれるんじゃないかなど冗談を言いながら店に向かいました。

その店ではいつも恒例の歌の出し物があります。その日も店の服務員に何時からですかと聞くと、7時半からですとの答え。しかし、7時半を超えてもいっこうに始まりません。どうしたのかと聞くと、その日7月8日は金日成(キム・イルソン)の命日だから歌えませんとの事でした。
どうも教えてくれた彼女はそのことを忘れていたようです。
服務員が紙に、『1994年7月8日』と書いて両手を片頬にあてて寝るまねをしました。
中国語で表現できなかったのでしょう、眠るしぐさをして見せたので、ああ死んだことを言いたかったのかと分かりました。

しかし、北朝鮮はなぜこんな大切な日の前にミサイル実験を強行したのでしょうか?12回忌はどうしたのでしょうか?
しばらくたって、彼女が金日成の写真が載ったパンフレットを持ってきて、彼が亡くなったことを説明してくれようとしていました。

深澤氏には残念ながら彼女達の歌の出し物は見せてあげられませんでした。
食事の方は、北朝鮮から輸入(?)したという子持ち魚などを堪能しました。Photo_3
少しは珍しがっていただけたかも。といっても、広州でコブラやアルマジロを食べたことのある深澤氏ですから、なんてことは無いかもね。

VMD教育がひと段落ついたので、何となく肩の荷が下りたような気分だったので、夜の方も楽しく過ごせました。
でも、大変なのはこれからです。
次回から、VMDチームに専門教育が始まります。より高度で高い目標で実施していかなければなりません。

深澤先生、よろしくお願いしますよ。

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2006年7月 6日 (木)

7億元達成

7億元達成

これは、我が百貨店のことであるが、先日に今年の売上げ額が累計で7億元(日本円で約100億強)を達成した。
今年の上半期の売上げも好調で、昨年比で25%を越える伸び率を示した。
誠にありがたいことである。

ハルピンのライバル他店と比較しても抜群の売上額である。
隣にあるナンバー2の松雷百貨店が昨年1年の総売上げ額が6億4千万となっている。このままいけば、倍近くの差が出そうである。
3年半前、私がハルピンに来た年の売上げが、松雷で5億元強、遠大が6億7千万元であった事から考えれば、驚異的な成長をしたことになる。
前年の売上げを確保するのに汲々としている日本の百貨店とはえらい違いである。
日本では、売上げの拡大がそんなに見込めないので、経営陣はこぞって利益確保に目を向ける。
従業員を減らし、もしくは人件費削減のためパートに切り替えたり、人気のある催事も益率の悪いものは切り捨て、広告費や販促費を切り詰めたり。昔、子供の頃百貨店に行くのが楽しみだったと記憶されている方も多いのではないでしょうか?
最近では、百貨店本来のお客様に夢を提供したいという役目はだんだん薄れていったように思います。

経営効率化が優先して、顧客を蔑ろにしたような店作りをやっている百貨店もあります。
自主MDなど忘れ、グランドフロアーにはブランドショップを導入すればいい売場だと勘違いし、すぐにでも飽きられそうなテーマパークのようなものを店内に大枚はたいて作ったりと、相変わらずの仕入先に頼った売場を作っています。

個人的には、新宿伊勢丹さんや大丸さんのようなやり方が好みです。
顧客に対してのメッセージ発信が上手な百貨店であり、真面目に顧客に向き合っていくことが重要と知っている百貨店だと思います。

とにかく半期で7億を達成したことで、店で達成記念のパーティーを開催した。タイトルは、『因為有你、成就7億、員工答謝酒会』(あなたがいたから、7億が成就しました、従業員パーティ)です。
これも従業員全員の努力があってのことです。
幹部だけが祝うのではなく、売場の販売員達も参加してもらい、その労をねぎらおうと開催しました。7

皆で食べて、カラオケをして、バイオリンのだし物をやったり、シャンペンでの乾杯など、楽しい和気藹々としたものでした。達成のお礼に、全従業員に『紅包』も出しました。
パーティーは全て従業員による手作りでおこないました。

本格的な夏を迎えるハルピンの夜は涼しくて、いつにも増して心地よかったのは、やっぱり皆の気持ちがひとつになったような気がしたからだけではないでしょう。

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2006年5月 2日 (火)

所得格差

中国の経済成長が世界経済の中でも際立って高いことは周知のことと思います。

我が百貨店の中に本格的な喫茶店が無かったので、今度新たに本格的な喫茶店を作る計画をしております。
昨年からの計画なのですが、どんな喫茶店にするのかで色々議論を重ねてきました。当初は国内での有名コーヒーショップの誘致を考えていました。
しかし、なかなか我々の希望に合うところが見つかりません。
そんななかで、じゃあ自営で作ってしまおうと言うことになりました。
それなら自分の希望のコーヒーショップが作れるではないかと。

大切なのはどんなコーヒーショップを作るのかと言うことです。
中国語では『定位』と表現しますが、『ポジション』と言う風に考えればいいでしょうか。
対象のお客様はどんな層なのか?、店のコンセプトは?、どんな雰囲気の内装にするのか?、投資額はいくらに設定するのか?、売上げ目標はいくらにするのか?、と、こんなことを考えながら『定位』を決めていかなければなりません。
いろんな意見がありましたが、新たに作るコーヒーショップはハルピンでも『独一無二』『高雅』『斬新』『時尚』の店を目指すことにしました。グレードの高い、高品質で超一流のおもてなしが出来るような店です。

担当者としては心配なのは、投資額と投資回収率です。
お金をかけるのは簡単ですが、いかにしてその資金を回収できるようにするのかと言うことです。
高級コーヒーショップを作り、如何にして投資を回収し儲けを出していくのか?

日本で高級コーヒーショップというカテゴリーはあまり見かけません。
大くはは時間つぶしのための場所であったりするので大衆向けが多い。
高級と思われるのはホテル内のコーヒーショップが上げられます。
もしくは百貨店の中で1部高級コーヒーショップが、インターナショナルブランドのフロアーに設置されたりしていますが、ビックリするような高級コーヒーショップは少ないのではないでしょうか。
これは日本の社会性も関係していると思われます。日本人の大半が中流層にあるといわれています。最近は小泉政権の改革の中で、『所得格差』とか『生活格差』が出てきたと言われていますが、ここ中国の比ではないと思います。

中国を体験されたことのある方、中国には驚くような豪華な