カテゴリー「遠大便り」の記事

2008年1月23日 (水)

就活

この冬ハルピンはは例年並みに寒くなっています。
この数日は最低気温が零下26度とか27度になっています。

日本では例年のセンター試験の季節ですね。
この時期日本では何故か雪が降ったりして、受験生を悩ませているようです。
今まで頑張ってきた総決算のような日に交通機関が乱れたりすると、心理的にもあんまりよくないでしょうね。
何があっても泰然として・・なんていっても無理でしょうか。
それはともかく、受験生の皆さんは実力を十分発揮できるよう頑張っていただけるよう応援します。
4月からは晴れて大学生になれるようにね。

中国は三月卒業ではなく七月が卒業の時期です。
大学生で4回生はあと半年で卒業です。
今日は、就職活動の話です。

日本と同じく学生達は4回生になると『就活』を行ないます。
企業も大卒を確保するため、就職説明会のようなものを行なったりします。
ただ日本と違いそんなに大掛かりなものをせず、新聞広告に募集要項を載せるだけの所も多いようです。
新卒募集といった考え方も少ないみたいです。
転職が日常的に行なわれているため、随時募集のようなものが多いようです。

うちの百貨店でも毎年新卒大学生を雇用しています。
幹部候補生として、『管理培訓生』という呼称で20名弱を取ります。

今年もハルピンの主要大学で就職説明会を行ないました。
私も人事部と同行して説明会に参加し、学生の面接を行ないました。

ハルピンでは有名な黒●●大学、ハルピン●工大学などです。
学生達の関心も高いのか説明会には200人を超えるぐらい集まりました。

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ただしここでも学生達の時間の概念の甘さに直面します。
定刻どおりに来ないものも少なくありません。
厳しく定刻を過ぎたものには入室をお断りするのですが、なんとか理由を述べて入れてくれるよう抗弁するものもいます。
しかし、社会人になる第一歩です。時間管理は自己管理の基本中の基本です。
すみませんが、他の会社を当たってください。ハイ。

先ずは大教室で自社の説明会を行い、学生達の質問などを受け付けます。
それから、我々面接官が2グループに別れ、面接官3人と学生1人のグループ面接に入ります。
学生数が多いので、一人約5分ぐらいで自己紹介・アピールなどを行なってもらいます。それだけで、瞬間的に合否を判定していきます。我々面接官がそれぞれの名前の上に合否を書き入れます。
1グループが終わるごとに3人が合否を集計。
私も全部で100人ぐらいを見させていただきました。
この第一次面談で半分以上が落ちます。さらに後日合格者には電話呼びしとなります。

面談の感想としては、日本の企業面談とはかなり違うものがあります。
まず、学生の服装。ほとんどが普通の格好です。ジーンズにカジュアルな服装。やや綺麗めな服装もありますが、いわゆるリクルートファッションなるものは存在しないようです。男子学生で一人だけスーツにネクタイでした。
2つ目は面談の姿勢。足組みをするのは普通の光景。だらしなく感じるのは日本人DNAでしょうか?面談に際する礼儀作法なるものは、学校では就職指導しないのかな?
3つ目は、中国の学生は非常に自己主張が上手いと感じた事です。
自分の長所を述べさせると、滔々と喋ってくれます。欠点に関しては実に微妙にオブラートしてくれます。

中国でも最近は大卒でも就活は難しくなってきているようです。学生達もそんな中でかなりの緊張感を持って望んできているようです。
ただ、その意気込みが滑っている学生も見受けられました。

学生達のフレッシュさに触れたことは、社会人生活で垢だらけの私にとってはいい刺激となりました。

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2007年11月15日 (木)

勝って兜の・・・・

今日の気温は最低気温がマイナス11℃、最高気温が4度でした。

さすがに外を歩くと寒い。
風が強いので顔が痛いくらいです。

先週末で長かった催事も終わったので若干ほっとしているところです。
『購物狂歓節』(英語ではShopping Festival)と名づけたこの催事はライバル店の周年慶(創業祭)に合わせて始めたものです。
昨年は新聞紙上も賑わせたぐらいの激しさでした。
今年は昨年の反省点も踏まえた若干大人しめの催事にしました。
とは言っても、これは一種のバトルですから今年もあの手この手です。
ライバル店は、基本的な戦略は『満300儲300』と言って、300元買うと300元分のポイントを差し上げますと言うものです。
一見無茶苦茶なようですが、300元買うと300元の商品を差し上げますと言うようなものです。計算上は半額にしたようなものですね。
しかし、これではお客様はさらに余分なものまで買う必要があります。

弊社は割引額と再加重割引制の二重で対抗しました。
『6.9折再満300元減60元』、これは31%OFFの上にさらに300元購入毎に60元を値引きしますよと言うものです。
両者を比べると、ライバル店では欲しいものを300元で買うと300元のポイントが貰え、更に買い物を続けるしかないこと、確実にお客様のお金は300元消費されます。
弊社では最大の割引を受けるためには435元のものを買えば240元の支払いで済みます。割引率は約45%OFFです。
さてどっちの方がお客様に魅力があるのか?
例えば1000元の商品を買った場合、弊社では31%OFFの690元から180元が更に割引になり510元の支払いになります。懐からは510元が消えます。
ライバル店は1000元が懐から消えますが、2000元分の商品がゲット出来ます。

今回の場合催事のパワーは拮抗していましたが、ブランド力に勝る弊社のほうがやはり強かった。
また、後半には中国のお客様に好まれる、抽選会も追加。
毎日抽選で総額50万元(750万円相当)が当たるというものです。
買ったその場で抽選を行い、5元~4999元がキャッシュで当たると言うものです。
射幸心を煽られると弱いハルピン人には大当たりでした。

店内ではこの催事のPR活動として店内1階中央広場にスケートリンクを作り、フィギアスケートの模擬演技や雑技団による演技、子供たちのスケートダンス、エスキモー犬の橇引きなども行い、大盛況でした。
こんな楽しいイベントも中国ならではでしょうね。

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連日多くの人で賑わい、営業時間も深夜12時まで延長して行いました。

私も幹部の一人として弊店までの総日直として頑張らせていただきました。

勝てば官軍、売れれば嬉しいものです。
催事も無事成功裏に終わり、一安心です。

また催事後の反省点もあります。
なぜ売れたのか?悪い点はどこだったのか?など。

そんな中で思い出した言葉があります。
『勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし』という言葉だったと思います。
ロッテの野村監督がよく引用する言葉です。

売れた理由がよく分からないこともありますが、売れなかったときには結構理由が見つかりやすいのです。
必ず反省点があるものです。

売れた売れたと喜ばず、勝って兜の緒を締めなくては、奢れる平氏になってしまいます。
素直に分析反省したいものです。

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2007年9月29日 (土)

中秋節活動

9月ももう終わり、もうすぐ中国では『国慶節=十一節』が始まります。

9月は中秋節(日本の十五夜、旧盆)がありましたが、今年も月餅のいただき物があり、いささか食傷気味です。

その中国では大切な中秋節に、我が百貨店でもイベントを実施。中秋節に月見を行うのは日本も中国も同じでしょうね。
我が百貨店では、自社のVIPのお客様をお招きして、豪華お月見会を行いました。

ハルピンの北を流れる「松花江」と言う川で、客船をチャーターして簡単な食事をしてもらい、船の中でゲームや出し物を見て楽しんでもらおうという趣旨です。
我が百貨店ではVIPの常得意様に対して、日本の外商常得意様と同じように、ロイヤリティー向上戦略を考えています。
まだ、外商係り員とかの個別サービスには至ってはいませんが、行く行くは日本のような外商制度が出来ればと考えています。

夕方の6時に始まり、夕暮れの迫る松花江を遊覧しながらのゆったりしたミニ船旅です。
船からハルピン市内を振り返ると、まったく違う角度で眺められて、何かどことなく神戸を思い出します。
(まったく風景は似ていないので、単なる自己感傷・・・・かも。)

船内では、中国伝統芸能でもある、二胡や楊琴などによる演奏、中国茶の作法によるお茶の接待、大抽選会、お客様傘下のゲームなどでけっこう飽きずに過ごせる趣向になっていましす。
スケジュール進行は知らなかったのですが、スタッフのアイデアにはなかなか感心しました。
司会者も黒龍江電視台(黒龍江TV)の司会者を起用したりで、結構本格的です。

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暗くなると、打ち合わせどうりか、岸辺から花火のサプライズも用意されていました。
船べりから花火を見学し、夜空を見上げると丸々とした月がきれいでした。

神戸港の観光船コンチェルトのように豪華船とはいきませんが、雰囲気は中華風の味のある船でしたね。
ハルピンのカップルがロマンチックに過ごすにはいい雰囲気の観光船でした。

(ハルピン在住の方もしくは観光で時間に余裕のある方は、試しに観光船も乗って見られることをお勧めします。結構楽しめますよ。)

主催者側であったものの、お客様と一緒に中秋節をのんびりと楽しんだ一夜でした。
(お客さんと一緒に楽しんで、仕事もせず食べて見て楽しんでしまいました。スミマセンです。今後はもっと仕事します。)

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2007年5月 6日 (日)

似非日本語教師Ⅱ

似非日本語教師の話第2弾。

以前から我が社のスタッフに日本語を教えているということを以前のブログに書きましたが、この日本語教室も半年が経ちました。
この3月までハルピンで教鞭をとっておられたM山老師のアドバイスなどで、細々と続けていましたが、第1クールが一旦終了いたします。
当初20名の生徒でスタートしました。

途中一人が早々2ヶ月ぐらいで脱落。
勤務終了後に開講しているので、残業がある者や家庭で用事があるなどいろんな理由で授業に出られないといった者もいました。最後までついて来たのは6人ぐらいまで減りました。
この最後までついて来たのは、やはり優秀でした。
教師のようなことをしたのは、大学時代に家庭教師でやったぐらいです。

教師として教壇に立つというのは、ある意味快感でしたし、ちょっと勉強にもなりました。
講義をしていて教壇からは生徒の顔がよく見えるのです。
顔が見えるというのは、一つの喩えですが、生徒の授業への意欲とか関心度がよくわかるのです。
こう書くと、プロの教師の方に叱られそうですが、生徒とのキャッチボールでその手ごたえがわかるような感じでした。

話を目を向けて聞いているもの、あらぬ方向を見てほかの事を考えているもの、退屈そうなもの、いろいろでした。
この子はなかなかいいぞなんて思っていた子が、やはり残りました。
ああ、この子は上司に言われてなんとなく参加しているかな、それとも冷やかしかな、なんて思っていた子は途中リタイヤでした。

週2回の90分授業なので、半年やったからといって日本語がしゃべれるまでには至りませんでした。(教師ののせいか・・・・)
出来るのはせいぜい簡単な自己紹介、挨拶程度でしょうか。
また、必要に駆られている訳でもないのでしょうか、予習復習もやっているようには感じませんでしたが、それにしてはまあまあだったでしょうか。

とりあえずは当初の1クールが終了ですが、次第2クールをどうするかは決めていません。
生徒の熱烈な希望があればやろうかなと考えている程度です。
社内の自主参加のような教室なので、強制するものでもなんでもありません。
わたし自身も完全なボランティアのようなものなので、やるならやる気のある人、興味のある人たちに続けてやりたいなと考えています。

日本語を習うことで、少しでも日本に興味を持ってもらい、親しみを持ってもらえばいいと思っています。
授業も最近は、テキストから脱線して日本の文化や習慣などを紹介したり、テキストにはない流行言葉なんかをしゃべったりしています。
むしろそっちの方が生徒は面白がって聞いてくれたような気がします。
また、私自身日本語を教える中で、日本語を再認識し、日本語の勉強にもなり、さらに中国語の勉強にもなったかと思います。
言語ってほんと難しいですよね。
何気なく喋ってはいますが、本当に教えられるレベルになるには相当な勉強が必要だと思います。

私自身中国語を習ったのは、台湾でした。
まず台湾と大陸の大きな違いは、発音記号です。
台湾では大陸のようなアルファベットによる『ピンイン』を使わず、俗に言う『ボポモフォ』(カタカナにすると正確な発音ではありません)を使って習いました。

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この記号は注音記号といいますが、ピンインより合理的な気がします。
中国の発音記号を英語のアルファベットで表すのは若干無理があるような気がします。たとえば『Chi』の発音ですが、最後の子音『i』ですがどう聞いても『u』にしか聞こえません。カタカナで表現すると『ツ』の発音に聞こえますが『チ』と表現されています。これは私の聴力の問題なのでしょうか?(わかりません・・・)

話がずれましたが、最近元教師の方の話を聞き、教師と言うものを再認識しました。
知識を教えることは勿論、広義の教育するということも含まれ、それ以外にもたくさんやることがあるということです。
たとえば国語の先生は国語の授業だけに専念できません。生徒の生活指導から進学指導、PTAなどへの対応、学校運営への責任など多岐に渡ります。
ハルピンで日本教師をしておられる先生がしみじみとおっしゃっていました。
『教科を教えるという事だけに専念できるのは本当に幸せです。』と。

いま、日本では教育改革が叫ばれ教育基本法改正などをやっています。
よく考えれば、一人の先生にこんなにたくさんの多岐に渡る内容を押し付けた教育現場では、お互い満足な結果は生まれにくいのではないでしょうか。
民間企業のように専門部署で分業し、より効率的な業務が出来るようには出来ないのでしょうか。
財務は財務部に、営業は営業部に、サービスはサービス部に、企画は企画部に・・といったように、教育現場も、各教科は専門の先生に、それ以外の生徒の生活面や道徳教育、情操教育などは分離、学校運営そのものも現場の先生から切り離して負担を軽減してはどうなのでしょうか。
教科を教えながら生徒のメンタル部分までの守備範囲は広く、その上PTAへの対応、学校運営、課外活動や生徒指導など仕事が満載の感じですね。
真剣に教育現場の改革を考えてほしいと思います。

私のほうは単に社内で日本語を教えているぐらいです、愚痴っては罰が当たります。
日本の先生、加油!

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2007年2月14日 (水)

舞林大会(新年会)

中華圏が旧暦(農暦)で動いている事は人口に膾炙されていることでしょうか。

年末ともなれば日本と同じように、色々と慌しくなってくる。
今年の春節は2月28日なので、西暦から言うとかなり遅めである。
そんな中で我が百貨店の新年会のようなイベントが催されました。

『晩会』と言われていますが、毎年従業員の福利厚生の一貫として行なわれて います。
今年のテーマは『舞林大会』と言い、ダンスや踊りを主題にして行なわれました。
因みに昨年は歌を中心にしてPK(勝ち抜き)をやりました。
このイベントのために数週間前から各部署でチームが組まれ、練習を行なって きました。個人参加もあるため全部で40近くのエントリーでした。本番を前にこの中から本戦に進めるために、予選会も行なわれました。
審査員はハルピンの舞踏学校の教師やメディアの方々を招いての本格的な予選会です。

私は去年は審査員の一人として見ていればよかったのですが、今年はスタッフ から無理やりの参加を頼まれました。
私はスーパーマーケットのグループに入り、『手絹舞』という東北秧歌(東北地 方を中心に熱心に踊られている民族的な踊り)の一種をやる事になりました。Photo_34
厚手のハンカチ大の布にビーズで丸い同心円上の模様をつけた物を両手に持ち 、それを指の上でクルクル回したり、バトンのように左右で回転させたり、高度なものは片手でその布を縦回転させたりします。
予選会では見事練習の成果もあり、本戦出場権を勝ち取りました。 (実は私は忙しくて3回ぐらいしか練習に参加していません・・・・。)

この晩会はM山老師の滞在するホテルの横にあるホールを借り切って行なわれました。この晩会には約5百名近くの従業員が集まりました。
その日上海へ出張だったので晩会には遅れて参加。私達の出し物は夜10時ぐ らいに行なわれました。
各チームの熱演や幹部による抽選会、プロのダンサーによる本格的なダンスな どを全て終えたのは12時近くでした。
ダンスの最終表彰では、我がチームは残念ながら最優秀賞には届きませんでし たが、ベスト10の中には入りトロフィーをゲットしていました。

社内の催事なのですが、顔パスでM山老師にも鑑賞していただきました。
私は踊りに参加はしましたが、踊りの衣装がこっぱずかしい感じのものでした 。
スタッフはカッコイイなどと囃します。
内心ほんまかいな?と思いながら、これも経験だわとそのこっぱずかしい衣装 で踊りました。
まあ、社員や派遣の方々も喜んで見て頂き、去年よりは退屈しなかったプログ ラムだったので、とっても良かったんじゃないかと思います。Photo_35

日本にいた頃、労動組合の主催でこのような大掛かりな社員慰労会を行なった という記憶があります。
また台湾でも『尾牙』と呼ばれる大忘年会も日本人スタッフとして東京音頭を 踊ったりしたこともあります。
高度成長期の中国では、今の日本ではやれないこんなイベントが可能です。

私にとって嬉しいのは、酒を飲んで愚痴をこぼしたり、内輪で会社の悪口を言 うだけのような日本式忘年会はこりごりなので、こんな楽しい仕事の疲れが取 れる様な忘年会(新年会)が新鮮なことです。

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2006年11月17日 (金)

花の女神FLORE

『La FLORE』という名前の花屋があります。

ネタをばらせば、これは遠大のB1に開店したフラワーショップです。
この『FLORE』は、フランス語でローマ神話のフローラと言う花の女神の名前です。
中国語表記で『芙洛拉』と書きます。
http://www.ydgw.cn/second/ShowNews_1.asp?Id=122714

名前を決めるのだけでもいろいろありましたが、最終的にはこれに決まりました。当初『FLORA』と言う名前(英語)の案でしたが、これは既に中国で登記されていたためにフランス語表記にし、中国語表記も『芙羅拉』が使われていたため、『芙洛拉』になりました。

この花屋は遠大の自営ショップです。
全て自社社員で運営をしていきます。

実はこの花屋には強力な助っ人がいます。
日本の京都から来た、F小姐です。(小姐と書いたけど日本人ですよ!)
Fさんは京都の某百貨店のフラワーショップで働いていました。
ハルピンには中国語を勉強するために来ていました。
縁あってこのFLOREを手伝ってもらう事になりました。

彼女の助言や意見で開店する事が出来ました。
彼女がいなければ花屋の経験も無い我々は、ハルピンでのローカル花屋と同じようなものしかオープンできなかったかもしれません。

花束の作り方や、フラワーバスケットの作り方などは、彼女の指導で日本式です。
中国ハルピンと日本ではやり方や感覚も違うみたいです。
日本の細やかな心使いが感じられるのは、その包装の仕方だけでも相当違う事などでしょうか。
花束を作って、茎の根元に脱脂綿状のもので水分を補給させてあげる事なども、ハルピンではしていなかったようです。
また、透明のセロハンで花を傷めないように包んであげるのが日本のやり方ですが、ハルピンでは花束の花の長さより短めの長さで直接包装紙を巻きつけているのです。
F小姐曰く、それでは花が持っている間に傷むので日本では『絶対ありえな~い』そうです。何かと、聞けばなるほどと思う事がたくさんあります。

オープンにあたり、備品や什器など日本では当たり前に手に入るものが、こちらでは非常に入手が困難でした。
似たものがあっても品質の悪さで、彼女のお目にかかれば不合格です。
中国に来て日の浅い彼女にとっては、こんな事ですらストレスの元になったでしょう。

さらに、まだ困っているのは、花を保管する『キーパー』と呼ばれる花の冷蔵庫です。
11度前後で低温と湿度を管理する花専用の冷蔵庫が中国では入手困難でした。
あるよと言われて、紹介されたものは単に箱にエアコンを取りつけたようなものだったり、湿度調整機能が無かったりと、微妙に不満足なものが多かったのです。
花屋はオープンしましたが、いまだに『キーパー』は設置されていません。
キーパーが無いため、切り花の保管が常温のため日持ちがせず、ロスの原因になります。
何とか努力しているのですが、イジイジ状態です。難しく言えば、『隔靴掻痒』です。

こんな時日本がいかに便利かを知らされるのです。
日本人の職人気質のかゆい所まで手が届き、痒くないのにカキカキしてくれるようなことはここではなかなか味わえません。

余談ですが、中国語で『痒い』は、『かゆい』と『くすぐったい』の両方の意味で使います。
かゆいときには掻いて欲しいですが、くすぐったい時には掻いてもらうともっとくすぐったくて『やめてくれー、こそばいがな』となります。
まさに、いまのハルピンでの花屋オープン準備の時の状態です。
(なんのこっちゃ分からんと、思うでしょうが、隔靴掻痒の気持ちなのです)

話が横道にそれてしまいました。

F小姐が花屋のローカルスタッフと作ったフラワーバスケットの写真を公開します。
F小姐『やめてくれー、こんなん載せたらはずかいいやんか。もっと納得いくもんを作ってからにして~』
と言っていましたが、納得がいくものを作れる状態を待ってたら日が暮れる(いや、年が明ける)ので、載せてしまいます。
F小姐すみませんです。 Idscqykyglcs9a1_1

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2006年11月13日 (月)

百貨店戦争

大型催事がやっと終わりました。

中国や台湾などでは、『周年慶』と呼ばれる創業祭のようなものが1年で最大のイベントになります。
ハルピンでも当社のライバル店などが開店記念日の前後に10日間前後の売出しを行なったりしています。

主な企画内容は、『満300贈60』『満300減60』などの表現で割引やお買い挙げに対し商品券(最近はポイント制も多い)をあげたりする内容である。
例年、ライバル店が周年慶をやっているときはあまり大掛かりな活動は行なわず、自店の周年慶に人・物・金の全てを最大投入していくのがセオリーでした。
しかし、今年は違います。
ライバル店が周年慶をやっているにの合わせて、それ以上の力を投入して戦闘を開始しました。

ランチェスター理論のように、ライバル店が強いと思われている所に1番店の弊社は倍以上の資金投下を行い迎撃していく作戦です。
短期決戦ではありますが、一種の消耗戦の趣もあります。
体力があり規模も大きい所が勝つのは道理です。
戦艦が駆逐艦を全力で叩くのに似ています。

わが店のスタッフ達も戦闘開始から終了日まで連日休みなしで、朝から夜まで頑張りました。3週間ほど休みなしです。
営業時間も普段は9時から21時までですが、1時間延長です。しかも後半の4日間は夜12時近くまで営業しました。

終盤戦に強力兵器を投入しました。『満300減120』です。この最終兵器は効きました。その日の入場顧客数は概算で12万人、売上げ件数は8万件を上回りました。
売場は戦場さながらの大混雑です。
売場の通路も人の頭しか見えないような状態がありました。Photo_20
各階のレジには長蛇の列が出来ました。1時間以上並ばなくてはいけませんでした。
お客様にはご迷惑をお掛けしました。
http://www.ydgw.cn/second/ShowNews_1.asp?Id=122687

新聞各社もこの両店舗の戦闘を書き立てていました。

戦闘が昨日に終わりましたが、さすがに疲れました。
結果は予想以上の売上げです。売れすぎの感ありともいえるかな。
ライバル店は客足が落ち、売上げも予測からは下回ったようです。
そりゃそうだわな、1番点にターゲットにされればひとたまりも無いかも。

百貨店の売上げ争奪戦は、仁義無き戦いでもありますが、そこにはルールがあるべきです。
お客様に対しては決して裏切らないような姿勢を持つべきです。
また、仕入先さまとの信頼関係も大切です。
あと、重要なのは従業員です。
従業員に支持されない会社は失格です。

今回の催事では色々反省点もありました。
長い百貨店生活ですが、予測を超えた出来事もあります。
後半に割引額をアップさせた事で、日本では考えられないほどの返品交換の人が押し寄せ、パンクしそうになりました。
また、保安の目を掻い潜っての万引きやスリなども平常の数倍ありました。
発見されただけでもビックリの数字ですが、おそらくそれは氷山の一角・・・。
買い上げ額で先着順に、ある遊戯館のチケットをあげる企画をしたら、そのチケットほしさに買物しては返品を繰り返して、チケットを何枚もゲットする人も出現。
あるご主人からは、『奥さんがあまりの優待価格に興奮して連日来店し買物を繰り返したので、破産してしまう!』と、クレームになったりもしました。
あまりの忙しさに、数人の従業員が心臓発作で病院行きになったり、入場者が多すぎて館内温度が30度近くになり、高齢者が売場で嘔吐していますなどといったこともありました。

売れるのは嬉しいのですが、トホホなこともあり、心身ともに疲れた12日間でした。ともあれ、大過なく終了できた事で良しとしましょうか・・・。

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2006年10月 7日 (土)

スーパー改装オープン

新規改装オープンのお知らせをしたいと思います。

我が百貨店のB1にはスーパーマーケットがあります。
3年前に5階にあったスーパーをB1に移設しました。
そのスーパーを今年さらにパワーアップさせるため、全面大改装を行ないました。
7月末から改装をスタートさせ、8月中旬からはB1を全面クローズして改装してきました。

日本の「デパ地下」と言うのは、世界的にも評価され有名です。
国内外の名産品や名店を集め、和菓子・洋菓子などの老舗や旬のお店などがひしめき、またデリカと言われるお惣菜の取り扱いも増えてきました。
専門店にも負けないような洋酒・日本酒・ワインセラーなどの売場も充実しています。
顧客の利便性や高度な要求にも答えられる様な生鮮スーパー、食材売場もとっても力を入れています。
百貨店不況が騒がれ百貨店に行かないような人も、百貨店を贔屓にしてくれているお客様も、「デパ地下」だけには必ず行きたくなるような作りの店が多くなってきています。

我が「デパ地下」もそんな日本のデパ地下に少しでも近づけたいと努力し、研究し、検討を重ねて来ました。
私の考えるキーワードは、「デイリー」「差別化」「付加価値」それに「新鮮」です。
これらのキーワードは決して新しい概念ではありません。むしろ当然過ぎる考え方です。そんな考え方を敢えてキーワードにしました。

10月1日からの国慶節にオープンするように改装を進めてきましたが、4日遅れてオープンさせる事ができました。ただし完全オープンではありません。
グランドオープンは少し先になりそうです。
残念ですが、この改装の目玉となるデリカコーナー、輸入食品コーナー、フラワーショップ、鮮魚などが目標とする日に空けられませんでした。
長い期間改装クローズし、お客様にご迷惑をお掛けしたので、その期待に100%答えたかったのですが、これ以上オープン日を伸ばすわけにもいかずソフトオープンとしました。

この大改装は香港在住のSさん(日本人)の設計で、ハード面では中国国内でもトップクラスの素晴らしいスーパーになったと自負できます。
ソフト面でも新しい試みをたくさん入れ、お客様に高度なサービスが提供できるよう考えました。
国内スーパーの中でも最先端であるセントラルキッチン方式で、自前でデリカを提供できるようにしました。
まだまだやりたい事や、改善していく事はたくさんあります。
日々進化していくよう、謙虚にお客様と向き合えるようなスーパー作りをしていきたいと思います。
ソフトオープンではありますが、オープンしたスーパーを回りながらそう思っていました。Photo_17

オープン日の初日の売上げも予想を上回り、たくさんのお客様で賑わいました。お越しいただいたお客様に感謝です。
スーパーの部下が、オープンの日に「成功ですね、いいスーパーになりました。」と話しかけてきました。
「いいスーパーかどうかの判断は我々がするんじゃなく、お客様が判断するものですよ。」と、彼に話しました。
この気持ちを彼が本当に理解してくれる事を願います。

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2006年10月 2日 (月)

大S来店

Photo_13 台湾の超人気グループで、『F4』と言うグループがあるのをご存知の方は多いと思います。
日本の少女漫画「花より男子」のドラマ化「流星花園」撮影にあたり、言承旭・周渝民・呉建豪・朱孝天の四人が集まり、このドラマがヒットし、アジアのスターダムにのし上がったのである。

今回の話題はそのF4ではなく、その人気ドラマに出ていた『大S』(本名:徐熙媛、英文名:Barbie)の事です。
彼女は、F4の「流星花園」に杉菜役として出演していた女優です。彼女には妹がいて、妹は『小S』と呼ばれています。なぜ『大S』とか『小S』と呼ばれているのかは分かりません。この姉妹は台湾や中国でも有名な美人姉妹です。

その『大S』が、ハルピンの遠大百貨店にやってきました。
スイスの高級時計Tのイメージガールとして採用されている彼女が、そのプロモーションの一貫としてやってきたのです。

1階の中央イベント広場には、大Sを一目見ようと沢山の人出です。
台湾時代に百貨店のイベントにF4を起用し、館内で歌を歌ってもらいましたが、そのときも大勢の女の子達がきました。

こんな時、百貨店は人集めのためにこんなイベントを組むのですが、お客様の安全も非常に大切です。
百貨店の保安員とお客さまの間では虚虚実実の駆け引きがあります。
少しでも大Sを近くで見ようとするお客様と、安全のために設けられた線から入られまいとする保安員との駆け引きです。

主催者側の私としては、保安の顧客扱いが非常に気になります。
お客様なので失礼があっては百貨店の名に関わります。
かといって、気を許すとなだれ込んできそうです。
中に入ろうとするお客様を大声で注意している保安員を、たしなめる事もありました。

大Sのイベントは30分ぐらいのものでしたが、トークショウも無事終える事ができました。
実は私も主催者側の一人として、このトークショウに出ました。
別に喋ったり何かすることは無いのですが、舞台に上がり彼女の巨大パネル写真を披露するという役割です。
役得なことに、大Sと握手して一緒に写真まで取りました。Photo_12

こんな自慢話のようなことをブログに書くんじゃねえよ!(怒)と、いう声も聞こえてきますが、敢えて無視させていただきます。
その上、一緒に撮った写真まで公開させていただこうかと思います。

百貨店に勤めていると、たまにこう言う役得もあります。
でも、その裏にはいろいろ苦労もあるんですよ皆さん。

あと、内緒ですが職権乱用して顧客立ち入り禁止区域にS山老師やハンゾー氏も招きいれてしまいました。
写真を撮ってもらうためですが、ここに謹んで懺悔いたします。

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2006年9月23日 (土)

似非日本語教師

ハルピンに日本語の教師をしておられる友人が何人かいます。

私のブログにリンクしているM山老師はその一人です。M山老師は公務員としての身分でこられています。
また他にも民間の日本語教師の方もいらっしゃいます。
いずれも、中国でプロの日本語教師として働いています。

『日本語がネイティブだからと言って、日本語が教えられるわけではない。』
今日のテーマはこの一言です。

実はこの9月から、私の会社の社内で日本語教室を始める事になりました。
動機は部下や総経理ににおだてられて木に登ったのと、自分でもやってみたかったこと、さらには日本語での環境を作ってみたかったことなど色々です。
この案は春先からあり、日本語を教えるにあたりどんな教材がいいのかとか、M山老師やみわパンダ先生に色々教えていただいたりしていました。
忙しさにかまけて開講が今頃になってしまいました。

生徒は全て社内の希望者です。人数を20人に絞り、有志だけで始めました。取りあえずはやる気があるだろうという20名です。
バックアップしてくれる人事の勧めもあり、色んな部署の人間です。
レベルは、『あいうえお』から教え始めないといけないレベルです。

個人的に、日本語を教えるのは初めてですが、初歩のクラスなら何とかなるだろうと高をくくっていました。
日本語は発音は簡単だが文法は難しい、中国語は発音は難しいが文法は簡単と言えると考えていました。
教えだしてから分かりましたが、日本語は確かに50音と言って、子音・母音の組み合わせでそんなにたくさんありそうに無いのですが、けっこうあることに気が付きました。気がつかされたというべきかな。
濁音、撥音、長音、促音、拗音などいっぱいあります。
我ながらこんなにあったのかとびっくりです。

あと、平仮名に片仮名、中国には当然ありますが、漢字で構成されています。
アルファベットまで入れると非常に豊かな言語構成だったんだというのが正直な感想です。

にわか似非日本語教師としてのスタートは冷や汗ものでした。Dsc05528
発音を一通り教えた後、第1課での『自己紹介』の単元。
「わたしは田中です」と言う文章。
いきなり、「わたしは」の『は』は、【HA】の発音ではなくどうして【WA】と発音するのかと言う質問。
私は心の中で「ヤバイなんで【WA】って発音するのだろう?そんなこと考えてしゃべってきたわけじゃないぞ」と、あせりました。
教科書の中にこの発音記号のところには、どうひっくり返しても『は』の発音は『HA』としか書いていません。
(余談ですが、パソコンのキーボードで『WA』と入力しても『わ』は出てきても『は』は出てきません。)

学生時代、国語の授業を疎かにしていたわけでもないのですが、こんな基礎単元からいきなり窮地に立たされそうになりました。
何故かは分からなかったのですが、「それは、『は』は助詞として使われる時には『WA』と発音します。』と説明しました。
この説明であっているのかどうか自信が無かったので、あとでM山老師に聞くとその説明でいいんじゃないですかとの返事。
何となくホッとした次第です。

Dsc05529 しかし、不思議です、日本語。
どうして、この『は』の発音が助詞の時に『HA』の発音ではおかしく聞こえるのでしょう?自分で声に出して、『わたしHA』と発音すると奇妙です。
まるで、和田アキコの歌の発音のようです。
かつては『WA』ではなく、『HA』と発音されていたのでしょうか?

Dsc05530 似非日本語教師の悩みはおそらく今後も続くでしょう。
皆様のお知恵をお借りする事もあるかとおもいますが、よろしくお願いします

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