カテゴリー「旅遊紀」の記事

2007年9月13日 (木)

楽山大仏

中国にはユネスコ世界遺産に登録されているところが沢山あります。

実は先週に四川省は成都へ出張がありました。
日程は6日間なのですが、その間に土日を挟んでいました。
仕事は先の2日間で大体終わり、月曜日にその会議があります。
成都での仕事の内容などを会議で報告、討議するためです。

その間隙を縫って成都の南にある楽山と峨眉山と言うところへ足を伸ばしました。

楽山には楽山大仏(凌雲大仏)と呼ばれる巨大大仏があります。岷江と言う川の岩壁に彫られた世界最大の石刻座仏です。高さ71m、肩幅28m、頭部の高さ14.7m、頭部の直径10m。ガイド曰く、足の甲には100人が乗ることができるぐらい大きいそうです。
岷江は、かつて水害が多く、その岷江の水害を鎮めるため、凌雲寺の僧海通が起工し90年もの歳月を要し、803年(唐の貞元19年)大仏が完成したそうです。
ここの岩は柔らかいので崩れやすいそうですが、1200年経った今でも健在です。
これには、1200年前の石仏設計者の排水システムや、雨に浸食されるのを防ぐ伽藍の設置したりしたお陰だそうです。
この巨大石仏全体を見るには船に乗らなければ見えません。
そこで、船に乗って見物することにしました。

楽山港からは5分ほどで現場に着きます。
大仏の前では10分ほど停船してくれるので、その間に写真を撮ったり鑑賞したりします。

あまりにでかいので感動します。
71mと言えば20数階建てのビルを眺めているようなものです。中国と言う国はほんとにでかい物を作ったなあと感心します。

実は見る前にガイドから説明を聞いていたのですが、治水のために坊さんが大仏を作ったと聞いて、そんな金と時間があるんだったら、河川の整備事業をしたほうが有益なのに・・・と内心思っていたのです。
まあ今でも本音はそうですが、現物を目の前にすれば昔の人の苦労や努力の結晶に脱帽するだけです。
とにかく凄いです。

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地平線まで延々と続く万里の長城を見ても感心させられますが、この大仏は圧巻ですね。

成都から車で高速道路を使えば1時間半ぐらいで行けます。
成都へ行く機会がある人はぜひ言ってきてください。
あと、楽山のすぐ隣にある峨眉山も世界遺産です。
こちらにも行ってきました。
時間の関係で中腹までしか行けなかったのが残念です。

峨眉山にはたくさんの仏教寺がありますが、その中の万年寺に行ってきました。
ふもと近くからロープウェイで楽して上がれます。はい。
海抜1020mで、普賢菩薩を祭る印度風寺院でした。
ここには伝説の釈迦のシャリ←(おコメのことじゃないですよ、お骨のことです)を祭ってあるそうです。フ~ン・・です。

その後麓近くにある報国寺にも行きましたが、ここの博物館はパスしてもいいですね。
ガイドが熱心に館内を案内してくれるので、まったくしょーもなかったのですが、熱心に聴く振りだけをしてきました。(観光地には結構この手のハズレが多いので注意です)

まあとにかく、あの大石仏や、峨眉山の大自然と峻険な山に作られた寺院を見た後なので、(子供だまし)博物館がしょーもなく感じたのは勘弁して欲しいところです。

写真を付けますが、自分の目で見た感動は半減されるどころではない!とだけ付け加えておきます。

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2007年3月18日 (日)

雲南・麗江旅遊Ⅲ

雲南の旅も最終日になります。

今回の旅は5日間だけの短いスケジュールしか立てられなかったため、本来は行きたかった所も割愛しています。
雲南は、麗江など以外にも素敵な所が沢山あるようです。
例えば、石林、、大理、景洪(西双版納)などがそうです。

日程的に我々が選んだのは、昆明です。
昆明は雲南の省都でもあり、ハルピンに帰るにも便利なため1泊を予定しました。
1999年にここで世界花博が開かれた所です。
ある方のメルマガで、昆明でのホテル勤務を通じての苦労話などで、寿命が10年縮んだという内容のものでしたが、とても面白くて興味がありました。

昆明は省都で市の中心はとても賑やかな所でした。
ホテルにチェックインを済ませたあと、すぐに雲南民族村という所に向う事にしました。
中国の観光案内で紹介されていたので、先ずはそこに行ってから他の寺院などを見るつもりでした。
しかし、そこの民族村は想像以上に大きく、結局夕方近くまでそこで過ごす事になりました。

雲南省には25の少数民族があるそうです。
この民族村の中には、納西族、白族、壮族、ダイ族(人偏に泰)、哈尼族、蔵族、彛族、など約15の民族の住居や生活が再現され見学できるようになっています。それぞれの民族の方による歌や踊りの出し物もやっていたりします。
場内には引き続き建設中のところもあり、将来は25の民族村が全て揃うとの説明でした。

場内がかなり広いため、私たちはまず食事を済ませて、ガイド付きで回る事にしました。
食事は場内の民族風味食品館という所でとりました。雲南特産の「過橋米線」です。熱いスープと米線や色んな具材が別々に出てきます。それを服務員が目の前で混ぜてくれたのをいただきます。具材は値段によって種類が変わるようです。Photo_38

食事を終え入り口近くでガイドを頼みますが、その詰め所には各少数民族の衣装を着たガイドが沢山待機しています。私たちは、白族出身のガイドさんを頼み園内を回る事にしました。
園内では、像のショーが見たり、各民族村のポイントを案内してくれます。
ガイドは普通語での案内ですが、とても分かりやすい発音でさして苦もなく理解できました。普通語を普段の会話手段としてない者同士なので、返って分かりやすい面があるようです。

ダイ族の村では、そのショーの最後に民族の結婚式の新朗役をさせて貰い、皆で民族ダンスを踊ったりもしました。Photo_39
雲南はベトナム、チベットとも近いためかその生活様式などは、中国と言うより東南アジア風の雰囲気が色濃く漂っています。
納西族の言葉で「こんにちわ」は、「アララレ」、白族は「ノチョ」と発音するのだと教わりました。中国語とは全く違います。
白族の村では中国茶を飲ませていただき、白族が作るという「石頭茶」という茶葉を買いました。雲南では普洱茶が有名ですが、このお茶は烏龍茶の1種のようです。茶葉の発酵度で異なるようです。石頭茶は見かけが小石のように丸めたものなので付けられたようです。普洱茶よりはあっさりと飲みやすい味です。Photo_41

3時間余りを園内で過ごし、市内に戻り歩行街を散策。夜の食事は小吃街のそばにあるしゃれたレストランで取りました。四川風の料理はなかなか味わえない物で、ハルピンでの四川料理とはまた一味違うものでした。
豚肉を薄切りにしたものを洗濯物を干すようにぶら下げたものは、絶品ですよ。7_2

最終日はこのように更けていきました。

昆明から帰る飛行場で白族のキーホルダー型人形を一つ買い求めました。
民族村でのガイドさんが白族だったため、記念として買いました。

今回の雲南旅行はスケジュールがタイトだったためそんなに沢山のところが回れず、若干残念でした。次回もまた来る時はゆっくりと滞在し出来れば少数民族の方たちとも交流できるような旅がしたいと思いました。

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2007年3月15日 (木)

雲南・麗江旅遊Ⅱ

麗江の3日目の朝です。

今日は、麗江の町を離れて『虎跳峡』という所へ出かけた。
麗江からは車で2時間半前後、玉龍雪山と哈巴雪山の間に位置する、『世界最 大級の渓谷』です。
金沙江がその間を流れ、その高低差が3900mと言われる大渓谷です。
この河に手前が麗江で、川向こうが有名な『香格里拉(シャングリラ)』です。
この虎跳峡の途中、ニセ香格里拉のような名前の『香格里』にて休憩した。
シ ャングリラではなく、シャングリ。『ら』抜き言葉ですな。シャングリラ(Shangri-la)とは、元々イギリスの作家、ジェームズ・ヒルトン の小説「失われた地平線」に描かれた仏教徒の理想郷であるシャンバラ(中国 チベット地区)をモデルにして描かれたユートピアの名前であるが、中国でこ の名前を使うにあたり、相当な綱引きが行なわれた結果、雲南のここがシャン グリラの名前をゲットしたそうです。
香格里拉(シャングリラ)の地名を使う以 前は『廸慶』という地名だったそうです。
名前のことはともかく、ここから眺める景色も絶景でした。Photo_37

『虎跳峡』へ着いた我々は、渓谷沿いの遊歩道を歩く事にしました。
写真を撮ったり景色を堪能したりで、片道小一時間ぐらいの遊歩道です。
復路は 人力車を利用して帰ってきました。そのお陰で早いし楽チン。
大理石を含む白い岩肌の大渓谷は見所があり、飽きさせる事はありません。推 量の多い雨季ではなかったので、渓流の流れはたいした物ではありませんでし た。
しかし、水の色が青ではなく、絵具で付けたような緑なのは何故だったの でしょう?0702267 0702266

『虎跳峡』見学後は、納西族のやっているところで晩めの昼食。
素朴な店で、野菜料理・豆腐料理をいただきました。空気もうまいし食事もう まい。

『虎跳峡』を後にし、今度はガイドブックにも紹介されていた『長江第一湾』 へ向いました。金沙江がUの字に湾曲したところで、時期がよければボートに乗って遊覧『漂 流』することも出来ます。
我々は寒かった事もあり、パス。そこは石堤と言う町ですが、そこにある民族資料館のようなところを見学。
少数民族演奏をやってくれたりもしましたが、昨日だけでも2回見たので若干 感動度は低めで・・・・。
麗江の伝統的な家屋は、日本のように瓦葺なのですが、ちょっと気になる事を 発見。一つは瓦を葺くのに屋根の骨組みの上に直接置く様にしてしているため 、下から見上げると瓦の裏側が丸見えなこと。実に簡単な屋根の作りです。
もう一つは、屋根の軒先に特徴的な装飾がしてある事。この特徴的な飾りは、 『魚』の形をしています。これは、中国語の『年年有余(年々余りがある=余 裕がある)』の『余』の発音が『魚』と似ているので、魚を飾ると縁起がいいと されていることに由来しているそうです。写真を参考にしてください。 0702265

石堤を後にして麗江の町に戻り、まだ見てない古城を散策する事にしました。雲南はハルピンよりかなり西にあるにもかかわらず時差も無いため、遅くまで 日が暮れません。
その代わり朝は7時でも暗かったが。
そんな訳で、麗江の町を高台から眺めようと万古楼のある獅子山を目指しまし た。
途中迷ったりしましたが、町並みを見下ろせる絶好の場所を見つけ、夕闇 の迫る麗江の屋根瓦の撮影に成功しました。
この景色は絶対見るべきですね。0702263

暗くなりかけた街の中心部に戻り、今日も納西族料理を頂きました。納西風鍋料理です。
ビールも麗江の地ビール(風花雪月と言う名前)を頼みましたが、味は非常に淡白 です。ホップの利いたビールが好きな人には物足りないかも知れませんね。
個人的にはハルピンビールが一番おいしいとおもいますが・・・。

明日はいよいよ最終日です。あさ早くに宿を出て昆明に向います。ではまた。

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2007年3月 5日 (月)

雲南・麗江旅遊Ⅰ

中国の旧正月明けに休暇を利用して、雲南に行って来ました。

この旅はハルピン異職朋友でもあるM山老師とのいわゆるやじきた道中です。
昨年、高倉健主演の『単騎千里を走る』という映画を見て、ぜひ行きたいと思っていた所です。
ハルピン→北京→昆明→麗江と、2度の乗り換えを経て麗江へ到着しました。
朝6時に家を出て、麗江の宿屋に着いたのは夜7時半過ぎでした。
麗江での宿泊は、ミクシー繋がりで『文太』氏がこの2月にオープンさせたばかりのゲストハウスです。完全オープンではなかったのですが、ご好意で宿泊させていただきました。
納西族の伝統的な家屋を改造して宿泊施設にしている、情緒溢れるゲストハウスです。
その夜は、文太氏とそのスタッフ達とこれまた麗江の地元料理を一緒に食べに行きました。Photo_36

食べた後は、夜の麗江の街、『古城』をぶらぶら見て回りました。
ここは1997年にユネスコの世界文化遺産に指定されていて、『四方街』と呼ばれる周辺エリアを中心に石畳の小道が網の目のように広がるなかで、納西族独特の2~3階建ての古い家屋が密集しています。
お土産屋、食べ物屋などが無数に軒を並べています。
古城の中心には、古い建物をそのまま利用したバー(パブっぽい)が路地を挟んで並んでいる所があり、沢山の人で賑わっています。
当地では有名な「SAKURAYA(櫻花屋)」にも立ち寄り、歌や踊りで賑わう店内での一時も過ごしました。2_6

翌日早朝、まだ静かな麗江の町を散歩がてらぶらぶら、途中納西族のおじさんがやっている小さなお店で「米線」を注文。おじさんの勧める「永勝油茶」と言うものを飲みました。味は甘いのと塩辛いのがあるとのことで、塩味を頼みましたが、2口3口で止めてしまいました。インドのチャイに似た飲み物です。

2日目は、麗江の見所の1つである「玉龍雪山」「束河古鎮」「拉市海」に行く事にしました。
玉龍雪山は、麗江からも望める標高5596mを誇る山です。頂には万年雪を頂いた名山です。玉龍雪山を間近に望める所まで行き、写真撮影。3_1
その雪山の麓にある納西族の記念公園のようなところを見学しました。
納西族のガイドさんは驚いた事に日本語が少し喋れる方でした。必死に喋ろうとする彼女には頭が下がります。
納西族は麗江を中心とした地域に住む少数民族。12_2
納西族には、「東巴文字」と呼ばれる象形文字を持っている。東巴(トンパ)は、納西族の祭司=和尚たちを指す言葉だそうです。東巴経という仏教に似た宗教を信仰しており、その東巴経の神の絵や像を見学しました。
その際に、その納族の東巴紙に東巴経の宗教絵が描かれたものを購入しました。東巴の神は自然と一体になったものだそうで、虎と牛が守護神のように寺院の両側に置かれています。
納族の宗教文化は一種独特の発展をしてきたようです。

「束河古鎮」も納西族の古い家屋などの集まる所です。11_2
四方街よりも素朴なまだ観光用に毒されてない感じがあります。
そこで、我々は雲南名産の普洱茶・プーアー茶を飲みながら午後の一服を楽しみました。その風情ある御茶屋では何かドラマの撮影が行なわれたとこらしく、写真で紹介されていました。10

次は「拉市海」という所です。ここは湖がありそのほとりで乗馬が出来るとのことでした。あまり時間が無かったのですが、我々は1時間半ぐらい乗馬を楽しんできました。湖には水鳥や鶴(?)が沢山いて、夕方だったので少し幻想的な風景でした。

夜、麗江の古城に帰ってきた我々は、夜の部に突入。
納西族の古楽器による演奏が聴ける『納西古楽会』と言うものに行ってきました。80歳を超えるようなお爺さん達を含む音楽隊の奏でる納西音楽を2時間ぐらい楽しみました。納西族の方は長寿の方が多いようです。8_1

音楽会を聞き終え外に出ると、もう10時近くになっています。四方街のパブ街は相変わらず賑やかそうですが、我々は文太さんの宿へ向い、そのゲストハウスのお客さんも含めて深夜まで喋っていたりしました。
明日行く所などの情報なども仕入れ、3日目に備えて就寝。

麗江の夜はけっこう冷えます。日中は20度を越えていたのに夜は暖房が要るぐらい気温が下がります。
そんなわけで、明日から3日目に突入です。
この続きはまた次回。

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